一揆の形態表
一揆の形態表 ©世界の歴史まっぷ

一揆の形態表

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一揆の形態表

一揆というと、江戸時代の百姓一揆のイメージが強いためか、反権力的な武装蜂起・暴動のことだと考えられがちだが、それは正しくない。一揆とは本来、みちを一つにするという意味で、心を同じくする人々が対等の関係で参加する組織のことをいった。

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一揆の形態

一揆「揆(行動)を一にする」の意で、特定集団がー味同心の下、目的の達成を求めた。
土一揆惣を基盤に畿内一帯で発生した土民(支配層からみて農民・馬借など一般庶民)の一揆をさし、領主への年貢減免や徳政を要求した。
徳政一揆徳政の発令を要求した土―揆。徳政とは、高利貸業者の債権破棄を求める行為で、幕府や守護が徳政令を公布する場合と、徳政令をまたず、土倉などを襲って借金証文を焼いてしまう私徳政があった。