群雄割拠(1560年頃)地図 戦国時代の分国支配
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群雄割拠(1560年頃)地図

群雄割拠(1560年頃)地図 戦国時代の分国支配
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  • 投稿日 2018-04-06
  • 最終更新日時 2018-04-14

群雄割拠(1560年頃)地図

群雄割拠(1560年頃)地図

島津貴久, 伊東義祐, 相良義滋, 松浦隆信, 大村純前, 菊池政隆, 一条房基, 陶晴賢, 貞綱, 宇都宮, 宇喜多直家, 赤松晴政, 尼子義久, 一色義道, 山名祐豊, 羽多野元秀, 細川晴元, 三好長慶, 畠山政国, 筒井順昭, 北畠晴具, 松永久秀, 徳川家康(松平元康), 里見義堯, 佐竹義重, 宇都宮尚綱, 蘆名盛氏, 結城顕頼, 畠山春国, 最上義光, 輝道, 小野寺, 舜季, 安東, 伊達晴宗, 大崎義直, 葛西晴胤, 斯波詮元, 南部晴政, 浪岡具永, 大内義隆, 武田信玄, 大友義鎮, 上杉謙信, 朝倉義景, 織田信長, 毛利元就, 竜造寺隆信, 長宗我部元親, 北条氏康, 今川義元

群雄割拠(1560年頃)地図
群雄割拠(1560年頃)地図 ©世界の歴史まっぷ

凡例

  1. 今川義元 足利一門で駿河守護をになう。遠江・三河を領して上洛をはかるが、桶狭間の戦いでで敗死。
  2. 大内義隆 中国・九州の7カ国守護、日明・日朝貿易も統轄し、その富から山口は「西の京」とも言われる。守護代陶晴賢の謀叛で自害。
  3. 武田信玄 清和源氏の支流で、鎌倉時代から甲斐国の守護。版図を信濃・駿河・遠江に広げたが、上洛途上で死去。
  4. 大友義鎮 鎌倉時代から豊後国の守護をつとめる。キリシタン大名として布教・南蛮貿易を盛んに行う。
  5. 上杉謙信 出自は越後国守護代長尾氏で、上杉憲政から家督と関東管領職を譲られる。武田信玄との川中島の戦いで名高い。
  6. 朝倉義景 越前国一乗谷を本拠とした戦国大名。一時、足利義昭を保護したが、上洛要請には応じず、義昭は織田信長を頼り、去っていった。
  7. 織田信長 尾張守護代織田氏の支流。同族内の争いに勝利して、尾張国を統一。
  8. 毛利元就 安芸国の国人であったが、唐晴賢を厳島で討ち、大内・尼子氏を制して、中国10カ国を領有。
  9. 竜造寺隆信 肥前国の国人であったが、守護少弐氏を追い、一時は島津・大友氏と九州を3分したが戦死し、家臣の鍋島直茂に代わられる。
  10. 長宗我部元親 土佐の国人出身で、一時期、四国全土を領したが、豊臣秀吉の四国平定に屈して臣従。
  11. 北条氏康 北条氏3代目。古河公方・扇谷上杉・山内上杉を破り、関東をほぼ手中にする。
  • 畿内:将軍 → 細川晴元 → 執事・三好長慶 → 家宰・松永久秀
  • 東海北陸:近江 将軍 → 細川晴元 → 執事・三好長慶 → 家宰・松永久秀
    美濃 土岐氏 → 守護代・斎藤氏 → 不明・斎藤道三
    尾張 斯波氏 → 守護代・織田氏 → 奉行・織田信秀・信長
    越前 斯波氏 → 守護代・朝倉孝景
  • 関東:鎌倉公方 → 堀越公方 → 北条早雲
    → 古河公方・山内上杉 → 北条氏綱・氏康
  • 中国:出雲 京極氏 → 守護代・尼子氏
    周防 大内義隆 → 守護代・陶晴賢
    →国人・毛利元就

参考


山川 詳説日本史図録 第7版: 日B309準拠

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