アルハンブラ宮殿 イスラーム王朝 ナスル朝
アルハンブラ宮殿 @Wikipedia

アルハンブラ宮殿


アルハンブラ宮殿

スペイン南部のグラナダに位置する城塞・宮殿。スペインにおける最後のイスラム政権ナスル朝の王宮。キリスト教徒によるイスラーム教徒に対するレコンキスタの圧力によりイスラーム教徒の多くは北アフリカに引き揚げたが、アルハンブラ宮殿は、華麗な建築様式と繊細なアラベスク模様によって、イベリア半島における末期イスラーム文化の美しさを今に伝えている。
1984年ヘネラリーフェ離宮、アルバイシン地区とともに世界遺産「グラナダのアルハンブラ、ヘネラリーフェ、アルバイシン」に登録されている。

アルハンブラ宮殿

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アルハンブラ
(Google Maps)

概要

スペイン、グラナダ東方の丘に建つ、スペインにおける最後のイスラム政権ナスル朝の王宮。アルハンブラは「赤い城」を意味するアラビア語が転訛したもの。現存する宮殿の大部分はユースフ1世(ナスル朝)(位 1333~1354)とその子ムハンマド5世(ナスル朝)(位 1354~1391)の治世に造営された。現在は一連の宮殿となっているが、本来は「天人花(ミルト)の中庭」を中心とする部分と、「獅子の中庭」を中心とする部分とはそれぞれ別個の独立した宮殿であった。ほかにも宮殿の建物はあったが、完全な形で残っているのはこの2部分のみである。スペインにおけるイスラム王朝文化の最も爛熟したかたちを示しており、諸室の壁面を覆う多彩なスタッコ細工および彩釉タイルによる豊麗な装飾は人工美の極致を示し、また静水面と草花と低木、あるいは大小の水盤と明渠などをモチーフとした中庭(パセオ)は、庭園と建築との完全な調和を創造するイスラム庭園文化の真髄を示している。 1984年ヘネラリーフェ離宮、アルバイシン地区とともに、世界遺産の文化遺産に登録。

参考 ブリタニカ国際大百科事典

構造物群

アルハンブラは構造的には一つの城塞都市であるが、当初から全体の形が計画されていたのではない。異なる時代に建てられたさまざまな建築物の複合体であり、時代により、建築様式や形状などが異なっている。その前半はムーア人王朝の栄枯盛衰と共にあり、9世紀末イベリア半島南部を版図としていた後ウマイヤ朝末期の、アルカサーバと呼ばれる砦が原形であると言われている。これは、アラブ人が農民の反乱軍からの防御壁として築いたものである。

イスラム教徒がイベリア半島に進出する前、8世紀初頭まで、この地は西ゴート王国の支配下にあった。711年、ウマイヤ朝の北アフリカ総督であるムーサー・イブン・ヌサイルが武将ターリクに命じ、トレドまでを占領。その後数年で、イベリア半島全域がイスラーム圏となった。この地に、最初に栄えたのが後ウマイヤ朝であるが、このときの都はまだコルドバであり、グラナダの丘の上には軍事要塞アルカサーバだけが建てられていた。現在、アルハンブラの最も西の部分である。

11世紀前半から、キリスト教徒の国土回復運動であるレコンキスタが本格化し、イスラム圏に残されたのは、グラナダを中心とするアンダルシア南部地方のみとなった。一方、宮殿が大きく拡張されたのは、この時期に建国したイベリア半島最後のイスラム王国であり、グラナダを首都としたナスル朝(1238年 – 1492年)の時代に入ってからである。

メディナ出身デアル・アフマド家の血を引くムハンマド1世(ナスル朝)、および、その子ムハンマド2世(ナスル朝)が60年も歳月をかけ、水道を設置し、アルカサーバの拡張工事を行い、宮殿(14世紀に取り壊され、現在は残っていない)を造った。その後も歳月と共に建物や塔が建築されていったが、大きな変貌を遂げるのは、ナスル朝の黄金時代を築いたユースフ1世(ナスル朝)とその息子のムハンマド5世(ナスル朝)の時代である。
  • 裁きの門(正義の塔)
    正義の塔
    正義の塔 (画像出典: AlhambraDeGranada.org)

    ユースフ1世(ナスル朝)(1333-1353)の時代にたてられた。要塞の南の城壁にあるアルハンブラの複雑な入り口のひとつ。ファサードには、レンガで出来た不規則な四角形の中に象徴的な馬蹄形のアーチがあり、アーチ形のアーチと大理石の手が穴に刻まれている。

  • ぶどう酒の門(ワインゲート)
    ワインゲート
    ワインゲート (画像出典: AlhambraDeGranada.org)

    ムハンマド2世(ナスル朝)(1273-1302)の時代に建築されたアルハンブラの最も古い建築物のひとつ。

  • アルカサーバ

    アルカサバ
    アルカサバ Wikipedia

  • ナスル朝の軍事施設
  • メスアール宮
    パルタル庭園
    パルタル庭園 Wikipedia
    • メスアールの間
    • メスアールの祈祷室
    • 黄金の間
    • ファサード
    • マチューカの中庭
  • コマレス宮
    • アラヤネスの中庭
      アラヤネスのパティオ
      アラヤネスのパティオ Wikipedia
      • 水鏡
      • アリカタード(モザイクタイル)
    • バルカの間
    • 大使の間
      • 広間の天井
      • アラベスク模様
      • 漆喰細工
      • アラブ装飾書体
  • ライオンの中庭
    ライオンの中庭
    ライオンの中庭 Wikipedia
    ライオンの中庭
    ライオンの中庭 Wikipedia
    • ライオンの噴水
    • 諸王の間
    • 二姉妹の間
      • 鍾乳石飾りの天井
    • リンダラハのバルコニー
  • パルタル
    パルタル庭園
    パルタル庭園 Wikipedia
    • 貴婦人の塔
    • 庭園
    • ユーフス3世の宮殿
  • ヘネラリーフェ
    ヘネラリーフェ
    ヘネラリーフェ Wikipedia
    • 果樹園
    • ポロの中庭
    • アセキアの中庭
    • 水の階段
    • ロマンティズムのバルコニー
    • 糸杉の散歩道
    • 下の庭園
  • カルロス5世宮殿
    カルロス5世宮殿
    カルロス5世宮殿 Wikipedia
    カルロス5世宮殿
    カルロス5世宮殿 Wikipedia

    カール5世(神聖ローマ皇帝)の時代に、アルハンブラ宮殿の隣に宮殿建設を、ルネッサンスの経験豊富な建築家、ペドロ・マチュカ(Pedro Machuca)に命じた(1527年〜1957年)。資金不足や反乱などで宮殿は未完成(南と西のファサードだけが完全に装飾されてる。)だが、円形のパティオはユニークで、スペインでルネッサンス様式の最高傑作と称されている。

    • カルロス5世の噴水

参考 Wikipedia

ディテール

アルハンブラ

アルハンブラ

アルハンブラ

アルハンブラ

アルハンブラ

アルハンブラ

画像出典: AlhambraDeGranada.org)

リンク

Alhambra of Granada. Tickets, Guided tours, information, photographies, Guide of Granada. – AlhambraDeGranada.org

ナスル朝 – 世界の歴史まっぷ

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