身分秩序
江戸時代城下町のジオラマ(東京都江戸東京博物館)WIKIMEDIA COMMONS
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身分秩序 豊臣政権で進められた身分統制を原型にして、徳川政権も身分秩序を基礎にして社会を成り立たせた。支配身分の中心にあった武士は、軍事力を独占したうえで政治を担い、苗字・帯刀、衣服、乗物などの身分的特権をもっていた。被支配身分として、農業を中心に林業・漁業に従事する百姓、手工業者である職人、商業を営む商人を中心とする都市の家持町人を合わせ、これら農・工・商と武士を含めた身分制度を士農工商と呼ぶ。この順序は儒教的理念を根拠にして、商業活動を低くみる考え方が表れたものである。

身分秩序

豊臣政権で進められた身分統制を原型にして、徳川政権もまた身分秩序を基礎にして社会を成り立たせた。

身分制度(江戸時代)

支配武士苗字・帯刀・衣服、乗物などの身分的特権
将軍・大名・旗本・御家人、陪臣、武家奉公人などの序列
大名の石高の多少や将軍家との親疎、官位、殿席などで格式が定められていた
天皇家
公家
上層の僧侶・神職
公家も家格に応じた序列があり、僧侶・神職も上下の序列が官位によって明確にされていた
被支配百姓本百姓(高持)、水呑(無高)、御館、被官
百姓のなかには、商売や林業・漁業に従事する者もいた
職人
商人
職人:それぞれ独自の技術労働を国役として負担した者たちの総称
周縁の身分集団一般の僧侶・神職などの宗教者、儒者・医者などの知識人。人形遣いの役者・講釈師などの芸能者。日用とよばれる労働者。
・皮多(長吏):斃牛馬の処理、皮革製造や行刑役などに従事した
・非人:村や町の番人、清掃、乞食、芸能や行政役も負わされる
皮多・非人などの賎民は、皮革・行刑・警備を、公的な役儀として幕府や藩からになわされた

支配身分

武士

支配身分の中心にあった武士は、軍事力を独占したうえで政治を担い、苗字帯刀のほか衣服、乗物などの身分的特権をもっていた。武士身分のなかには上下の階層があり、将軍・大名・旗本・御家人、陪臣ばいしん、武家奉公人などの序列のほか、さらに大名のなかも石高の多少や将軍家との親疎、官位、殿席などで格式が定められていた。儀礼の場面では、この序列が厳格に守られ、装束も格式に応じたものに規定された。

天皇家・公家

武士身分とともに支配身分に属するのが、天皇家公家上層の僧侶・神職であった。公家も家格に応じた序列があり、僧侶・神職も上下の序列が官位によって明確にされていた。

被支配身分

百姓・職人・商人

被支配身分としては、農業を中心に林業・漁業に従事する百姓がある。百姓も高持と水呑や御館と被官などのように、階層差が存在した。手工業者である職人は、大工・左官、鍛治、大鋸挽おがひき木挽こびき桶結おけゆいなど、それぞれ独自の技術労働を国役として負担した者たちの総称である。商業を営む商人を中心とする都市の家持町人を合わせ、これら農・工・商と武士を含めた身分制度を士農工商と呼ぶ。この順序は、儒教的理念を根拠にして、商業活動を低くみる考え方が表れたものである。

宗教者・芸能者

このほか、一般の僧侶や神職をはじめ、修験者しゅげんじゃ、陰陽師などの宗教者や民間の種々の芸能者など職業や居所による身分の区別が多数あり、いずれも団体や集団ごとに組織された。

皮多・長吏

これら諸身分のなかで下位におかれたのが、のちに「えた」と総称された皮多かわた(革多·皮田)と長吏ちょうり、それに非人であった。 主に西日本では皮多、東日本では長吏と呼ばれた人々は、農業を行うほかに、村や町で人々に飼われていた牛や馬が死んだとき、飼い主が死んだ牛馬を所定の場所に捨ておくと、この牛馬を片づける仕事をした。死んだ牛馬の皮をなめし、軍事に必要な武具や馬具、あるいは雪駄せったと呼ばれる履物などの皮革製品をつくるほか、ろうそくの灯心や竹細工など手工業を行ったり、家々を廻る門付かどづけの芸能を行うこともあった。皮多や長吏はそのうえに、重要な役割として村々の治安、署察を担当した。例えば、刀を振りまわすような犯罪者が平和な村に押し入ったときに、これを身をもって取り押さえるような役割である。

非人

非人ひにんは、農村部や都市に居住した。都市の場合、江戸の例ではちょうの近くの堀端ほりばたや河岸端に小屋を建てて居住し、その町の清掃などの清めに従事し、町から施し物を受けた。また非人は堀や川の浮き物の片づけや囚人送迎役や牢屋役を行ったり、牢に入っている者で病弱の者を隔離するためと呼ばれる施設(浅草と品川)の管理を行うなど、いわば町奉行所の末端の役を担う仕事も行っていた。