氏姓制度 古墳とヤマト政権 3「古墳とヤマト政権」まとめ2/2
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3「古墳とヤマト政権」まとめ2/2

日本史 > 第1章 日本文化のあけぼの

古墳とヤマト政権

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古墳とヤマト政権

古墳時代のひとびとの生活

1 豪族と民衆の分離

  1. 豪族:集落から離れた場所に環濠や柵列のある居館を造営、倉庫群が付設
  2. 民衆:
    • 複数の竪穴住居と平地住居、高床倉庫など
    • 竪穴住居内には作りつけのカマドを設置(*炉と区別)

2 生活・風習

  1. 土器:弥生土器の系譜を引く赤褐色で素焼きの●●●に加え、朝鮮半島から新しく伝わった硬質で灰色の●●●を製作
  2. 衣服:上下分離(男性は衣とズボン風の袴、女性は衣とスカート風の
  3. 農耕儀礼:豊作を祈る春の●●●、収穫を感謝する秋の●●●など
  4. 祭祀対象:
    • 整った形状の山、絶海の孤島、巨岩、巨木など
    • 三輪山を神体とする●●●神社
    • 沖ノ島をまつ福岡県宗像むなかた大社沖津宮など
  5. 呪術的風習:鹿の骨を焼き吉凶を占う●●●、熱湯に入れた手がただれるかどうかで真偽を判断する●●●けがれを払い災いを免れるみそぎはらえなど

古墳の終末

1 終末期古墳

前方後円墳造営の終わり(6世紀末〜7世紀初め) その後も円墳などの古墳造営は約100年続く(終末期) 千葉県龍角寺岩屋古墳、栃木県壬生みぶ車塚くるまづか古墳など

2 八角墳の造営

7世紀中頃、近畿の大王の墓として造営 権威の象徴 律令国家形成とともに古墳造営は終わりへ向かう

ヤマト政権と政治制度

1 ヤマト政権の支配拡大

  1. 5世紀後半〜6世紀(古墳時代中期)に関東から九州中部まで支配拡大
    • ①支配拡大の痕跡:同じ「獲加多支鹵わかたける大王」の文字が刻まれた出土品 「獲加多支鹵大王」とは「倭の五王」のうちの●●●王にあたり、天皇としては●●●天皇と推定される。 支配領域が関東〜九州中部まで及んでいたと推測
      • 埼玉県稲荷山古墳出土の鉄剣銘
      • 熊本県江田船山古墳出土鉄刀銘
    • ②国内統一の拡大 「倭王武の上表文」を参照
      史料チェック: 倭王武の上表文 「昔より祖禰そでいみずから甲冑をつらぬき、山川を跋渉ばっしょうして寧処ねいしょいとまあらず。 東は毛人もうじん●●●)を征すること五十五国。西は衆夷しゅういを服すること六十六国、渡りて海北を平らぐること、九十五国」(史料名:●●●
  2. 地方豪族の大規模な反乱 527年、●●●と結び筑紫国造つくしのくにのみやつこ●●●が反乱 鎮圧後、直轄地(屯倉みやけ)を九州北部に設置。また、各地に屯倉や直轄民(名代・子代)を拡大 結果として、ヤマト政権の勢力が拡大

2 氏姓制度(ヤマト政権の支配機構)

古墳とヤマト政権 氏姓制度 大王家(ヤマト政権)は有力豪族(うじ)に、姓(カバネ 身分的称号)や、姓に応じた政治的地位を与え、豪族を組織化
  1. :血縁中心の同族集団(出身地や職掌に関わる同じ氏の名を共有
    • 氏上うじのかみ(氏の統率者)を中心に、氏人(所属一族)が結束
    • ②各豪族は、私有地の●●●、私有民の●●●を領有
    • ③氏の各家に属する家内奴隷 ヤツコ(奴婢)が隷属
  2. 姓(カバネ):大王家が氏に対し、家柄や職能に応じて与えた身分的称号
    • ①中央の有力豪族:臣・連など
      • ●●● 地名を氏とする豪族(葛城氏、蘇我氏など)に付与
      • ●●● 職掌を氏とする豪族(物部氏、大伴氏など)に付与
    • ②主に地方豪族:君・あたえみやつこおびとなど
  3. 大王家(ヤマト政権)
    • ●●●:大王家の直轄地(屯倉の耕作者を田部という)
    • ●●●:大王家に生活物資を貢納する私有民(地方豪族らが従属の証しに私有民を割いて設ける)
  4. 中央の政治 中央の有力豪族が担当
    • ①臣姓・連姓の豪族から任じられた●●●●●●が政務を担当
      • 大臣おおおみ:大王家と並ぶ有力豪族から任命(蘇我氏など)
      • 大連おおむらじ:職掌で支える有力豪族から任命(物部氏など)
    • ●●●が、大臣・大連の下で、とも(朝廷に仕える職能官人)や●●●と称する大陸系技術者集団を率いて、職掌を分担
      • 品部:(韓鍛冶部からかぬちべ錦織部にしごりべ陶作部すえつくりべ史部ふひとべ鞍作部くらつくりべなど)
  5. 地方政治 大和政権に服属した地方豪族が政務を担当
    • ●●●:地方の有力豪族のうち比較的上位の姓をもつものから任命。朝廷の屯倉の管理や直轄民の名代・子代を朝廷に貢納したり、子女を舎人とねり采女うねめとして朝廷に出仕させる
    • 県主あがたぬし:国造よりさらに小地域の地方官

後期の古墳

後期の古墳には横穴式石室が普及し、棺をおさめる玄室とそれに通じる羨道せんどうがつくられた。

5世紀ごろ

大王の名を記した刀剣が、埼玉県や熊本県から出土している。

5〜6世紀

大伴金村が対朝鮮政策の失敗をとがめられて失脚した後、しだいに物部氏と蘇我氏が対立するようになった
巨大な前方後円墳は、畿内だけでなく、毛野・吉備などの地方でもつくられた
穀物の豊作を祈り収穫を感謝する祭りや、太占・盟神探湯くかたちなどの呪術的風習も行われた

田荘・田部

大和朝廷を支えた豪族たちは、それぞれ●●●とよばれる私有地を所有し、私有民に耕作させて経済的基盤としていた。一方、朝廷は、直轄地を各地に設け、そこでは●●●とよばれる農民に耕作させていた。