「生活革命」
17世紀のロンドンのコーヒーハウスのインテリア ©Public Domain
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「生活革命」

17〜18世紀は、イギリスやオランダ・フランスなど西ヨーロッパ諸国がアジアやアメリカ、アフリカなどに進出し、新奇な商品が大量にもたらさた。茶、砂糖、タバコ、絹、綿など、はじめ贅沢品であったが、貿易や商業が発達し、生活に余裕の生じた市民は上流階級の生活習慣をまねるようになり、ヨーロッパ人全体の生活が急激に変化した。

「生活革命」

17〜18世紀は、イギリスやオランダ・フランスなど西ヨーロッパ諸国がアジアやアメリカ、アフリカなどに進出し、それらの地域から本来のヨーロッパには知られていなかったか、ほとんど普及していなかった新奇な商品を大量にもたらすことになった。他方、商業が発達した結果、貿易商人を中心に豊かな都市民が台頭し、こうした商品の消費習慣が急速に広がった。プロト工業(産業革命以前の工業)などで豊かになった市民も、この動きに加わった。

新奇な商品、たとえば茶や砂糖やタバコ、さらに絹や綿などは、いずれもはじめのうちは贅沢品であったから、上流階級のステイタス・シンボルとなった。しかし、生活に余裕の生じた市民は上流階級の生活習慣をまねるようになり、ヨーロッパ人全体の生活が大なり小なり急激に変化することになった(生活革命)。このような変化は、植民地貿易でもっとも成功したイギリスでとくにきわだっていた。イギリスがアジアの茶にカリブ海の砂糖を入れて飲む「紅茶」の国となったのは、その典型である。

17世紀後半のイギリス都市、とくにロンドンには、多くのコーヒーハウスが生まれた。コーヒーハウスは、身分にかかわりなくだれでも出入りが自由で、そこでは新しい飲み物である砂糖入りのコーヒーや紅茶を飲み、タバコをくゆらせながら文化・政治・経済、その他あらゆる話題について自由で活発な議論がなされた。したがって、そこにはあらゆるタイプの情報が集まり、ジャーナリズムも成立した。初期の新聞や雑誌は、コーヒーハウスで多くの人々に「読みきかせられる」ものだったのである。

「生活革命」
17世紀のロンドンのコーヒーハウスのインテリア ©Public Domain

コーヒーハウスは男性だけが集まる場所で、妻たちは家庭でティーパーティーを開いていた。しかしコーヒーハウスに集まるのはロンドンの上層の人間が多く、普通の人々は「エールハウス」という飲み屋に出かけた。

株式などの証券の取引もここでなされたため、保険会社や証券取引所のもとにもなったし、しだいによく似た意味のものが特定の店に集まるようになったため、トーリとホイッグという初期の政党もここで生まれた。近代科学をはぐくんだ王立協会も、コーヒーハウスを舞台として成立した。

自由で身分にこだわらなかったコーヒーハウスは、ピューリタン革命と名誉革命という、17世紀の2つの革命によって伝統的な支配階級の多くの家系がゆらぎ、他方で貿易が大発展したことで商人など市民の力が強くなったために、人々が比較的簡単に社会的に上昇したり、転落したりするようになった時代の産物でもあった。しかし名誉革命後、社会の体勢が安定してくるにつれて、18世紀のイギリス社会は階層間の流動性が低下し、社会層が固定的になったため、これほど流行したコーヒーハウスも急速に下火になり、身分や階層による入会制限の厳しい「クラブ」が多くなった。

コーヒーハウスのなかには、ようやく知られはじめたアジアやアフリカやアメリカのめずらしい動・植物をみせて客寄せとするところもあり、そこから植物園や動物園が生まれた。19世紀になると、ロンドンのキューガーデン植物園(キュー王立植物園 )を中心とするイギリス帝国各地の植物園を結ぶネットワークが完成し、植民地の植物の移植や品種改良が進められ、その成果を利用したプランテーション開発が世界的に進行した。中国でつくられていた茶を、インドやセイロン(スリランカ)のプランテーションで大量に栽培するようになるのは、その一例である。

また同様の関心から、18世紀末になると、キャプテン・クック(1728〜1779)やアレクサンダー・フォン・フンボルト(1769〜1859)を代表とする、探検と一体となった博物学が全ヨーロッパ的に流行した。バルトロメ・デ・ラス・カサスなど16世紀のポルトガル人やスペイン人にとっては、「インディオ」やアフリカの黒人が自分たちと同じ「人間」であるかどうか、ということから問題であったが、17〜18世紀になると、ヨーロッパの近代文明に対する批判として、アフリカ人こそ汚れのない人間だとする「高貴な未開人」という考え方も生まれた。博物学は、その後、チャールズ・ダーウィンにいたる生物学や鉱物学をはじめ多くの学問に枝分かれして、近代科学のもうひとつの基礎となっていった。