女性解放運動
女性の参政権が認められた年代 ©世界の歴史まっぷ

女性解放運動 女性解放運動 19世紀の後半、女性の社会的・法律的地位の改善が本格化した。第一次世界大戦で男性が戦場に行っているあいだ工場で働いた女性は、力仕事でさえ男性と遜色なく仕事ができることに自信をもち、女性の社会進出は決定的となった。

女性解放運動

19世紀の後半になって、女性の社会的・法律的地位の改善が本格化した。財産権の確立、離婚法の改正、妻の地位に関する法的保護、長子相続世や私生児の廃止、最低賃金と労働時間の改善などが少しずつではあるが社会的地位に変化がみられるようになり、男性と対等に初等教育から高等教育にいたるまで教育が普及し、次第に女性にも種々の職業が解放され、芸術であれ学問であれさまざまな分野で女性の才能が開花した。とくに、20世紀に入ってからの第一次世界大戦で男性が戦場に行っているあいだ工場で働いた女性は、力仕事でさえ男性と遜色なく仕事ができることに自信をもち、女性の社会進出は決定的となった。 参政権に関しても、19世紀の後半から活発な運動がみられた。イギリスの功利主義哲学者であり、またフェニミスト出会った J.S.ミルの『女性の隷属』は1869年に刊行されて、ヨーロッパの女性解放運動のバイブルとなり、彼自身女性の選挙権獲得をスローガンに掲げて議員に当選した。イギリスでは、第3回選挙法改正で実質的な男性普通選挙制が実現すると、女性参政権の要求はいっそう強まった。保守党や自由党の二大政党にも女性の加盟者が増え、当初は穏健な方法で、20世紀に入ってからはパンクハースト夫人 Pankhurst (1858〜1928)が、女性社会政治同盟を組織して戦闘的な活動を展開した。彼女は「女性には参政権を、男性には貞節を」というスローガンを掲げ、1912〜13年には窓の打ちこわし、放火、ハンストなどに訴え、再三投獄された。この精力的な活動はパンクハースト夫人の孤立を招いたが、しかし世の中に女性参政権問題の所在を知らしめた点は大きな功績であった。そしてイギリスでは1918年、30歳以上という制限つきながら女性の参政権が初めて認められた。
イギリスでは1882年になるまで結婚した女性には財産権が認められず、夫が妻の財産を処分したいと思えば自由に処分できた。

女性の参政権が認められた年代

ニージーランド1893ロシア1917
オーストラリア1895ドイツ1919
フィンランド1906アメリカ・ワイオミング州1869
ノルウェー1913アメリカ・全国1920
デンマーク1915イギリス・制限付き1918
カナダ・完全平等1920イギリス・完全平等1928
スウェーデン1921フランス1944
参考:詳説世界史研究

*日本本土では第二次世界大戦後の1945年