記紀の編纂
律令国家が形成される過程で朝廷のなかで高まっていった国家意識を反映して、政権による統治の正当性や国家の形成・発展の来歴を明示することを目的として、国史の編纂が行われるようになった。天武天皇の時代に始められた国史編纂事業は、奈良時代に入って実を結び、『古事記』『日本書紀』として完成した。
記紀の編纂
律令国家が形成される過程で朝廷のなかで高まっていった国家意識を反映して、政権による統治の正当性や国家の形成・発展の来歴を明示することを目的として、国史の編纂が行われるようになった。天武天皇の時代に始められた国史編纂事業は、奈良時代に入って実を結び、『古事記』『日本書紀』として完成した。
712(和銅5)年にできた『古事記』は、古くから宮廷に伝わる「帝紀」「旧辞」をもとに天武天皇が稗田阿礼に読みならわせた内容を太安万侶が文章化したもので、3巻からなる。天地創造、日本の国生みをはじめとして、天孫降臨、神武天皇の東征、日本武尊の地方征討などの神話・伝承から推古天皇にいたるまでの物語を、天皇を中心に構成したものである。従来、口頭で行われていた日本語の伝承を音や訓を用いながら漢字で表記することに、多くの苦心がはらわれている。
720(養老4)年にできた『日本書紀』は、舎人親王を代表として中国の歴史書の体裁にならって編纂されたもので、漢文により編年体で書かれている。30巻からなり、神話・伝承を含めて神代から持統天皇にいたるまでの歴史を天皇を中心に記している。なかには中国の古典や編纂時点の法令によって文章を修飾した部分もあり、古代史の実像を明らかにするためには十分な史料批判が必要となるが、古代史研究の材料を提供する貴重な史料として位置づけられる。
なお、『日本書紀』をはじめとして国家による歴史編纂はのちに平安時代の途中まで引き続き行われ、合わせて六つの漢文正史が編纂された。これらを総称して「六国史」という。
古代の歴史編纂表
書名 | 六国史 | 収載年代 | 完成年 | 編者 |
---|---|---|---|---|
古事記 | 神代〜推古天皇(〜628) | 712年(和銅5) | 太安万侶 | |
日本書紀 | ○ | 神代〜持統天皇(〜697) | 720年(養老4) | 舎人親王ら |
続日本紀 | ○ | 文武天皇〜桓武天皇(697〜791) | 797年(延暦16) | 菅野真道・藤原継縄ら |
日本後紀 | ○ | 武天皇桓〜淳和天皇(792〜833) | 840年(付加 7 | 藤原緒嗣ら |
続日本後紀 | ○ | 仁明天皇(833〜850) | 869年(貞観 11 | 藤原良房・春澄善縄ら |
日本文徳天皇実録 | ○ | 文徳天皇(850〜858) | 879年(元慶3) | 藤原基経・菅原是善ら |
日本三代実録 | ○ | 清和天皇〜光孝天皇(858〜887) | 901年(延喜元) | 藤原時平ら |
『古事記』『日本書紀』の神話
『古事記』や『日本書紀』にみられる神々の物語は、天地のはじまりから始まって、イザナギ、イザナミによる国生み、天石窟説話、大国主の国づくりと国譲り、天照大神の孫ニニギノミコトの高千穂峯への降下(天孫降臨)、海幸・山幸説話、神武(ニニギノミコトの孫)のヤマトへの東征(神武東征)などの話から構成されている。こうした神話は、律令制に基づく中央集権的国家が確立する過程で編まれたものであり、高天原の主宰者天照大神の直系である神武天皇を初代として系譜をつなげ、古代の天皇による国家統治の起源を説いて、それを正統化する性格をもっている。批判的に検討することによって、そうした神話のなかに古い時代の要素をさぐり、神話がその素材・原形から国家的神話へと編成される過程を追究する研究もなされている。ただし、7世紀後期〜8世紀前期にまとめられた『古事記』『日本書紀』に載る神話は、古代国家が自らの起源を説明した体系としての歴史的意義をもつものであり、古代民衆が語り継いだ多元的な神々の伝承との間には隔たりがあるとみられている。