イスファハーンのイマーム広場
入口のファザードWikipedia

イスファハーンのイマーム広場


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イスファハーンのイマーム広場

イスファハーンは、紀元前6世紀からの歴史をもつイラン有数のオアシス都市。モンゴル・ティムール朝によって崩壊したが、16世紀末サファビー朝全盛期のアッバース1世が、『コーラン』に記された楽園を理想としてイラン高原に築いた都で、イマーム広場にある青タイルを張りつけた「王のモスク」の正面玄関の天井は、美しいつくりで有名である。世界遺産。

イスファハーンのイマーム広場

「イスファハーンは世界の半分」と称された

イスファハーンは、サヴァヴィー朝全盛期のアッバース1世(位1587〜1629)が、『コーラン』に記された楽園を理想としてイラン高原に築いた都で、政治、商業、交通の拠点としての繁栄ぶりは「イスファハーンは世界の半分」と称された。イスファハーンの中心にある、2層構造の回廊に囲まれた「イマーム広場」は、南北510m、東西160mの巨大な広場である。ペルシア発祥の球技であるポロの競技や数々の式典、公開処刑などが行われていた。回廊の1階に連なる商店は、旧市街地へ続くバザール(常設市場)とともに現在でも多くの人々を集めている。

回廊に組み込まれる形で宮殿やモスクが建造されており、その中のアリー・カプー宮殿は、15世紀のティムール朝の宮殿にアッバース1世が2層の建物を付設したものである。宮殿内の壁は、鳥や人物の細密画で埋めつくされ、最上階には音楽ホールを備えている。

アッバース1世
アッバース1世 ©Public Domain

イマーム広場の中で最大のモスクは、アッバース1世の命令により建造された高さ47mのドームをもつイマームのモスクで、1630年に完成した。モスクの中庭は、モスクをメッカの方向にあわせるために、イマーム広場から約45度ずれている。ブルーで統一されたこのモスクが「男性のモスク」と呼ばれるのに対し、「女性のモスク」と呼ばれるのが、黄色のタイルで飾られたシャイフ・ロトフォッラー・モスクである。アッバース1世の父の名を冠した、王家専用のモスクとなっている。これらのモスクには、彩色タイルによって彩られた幾何学的なアラベスク模様があしらわれており、偶像崇拝が禁止されたイスラム文化で発達した高い芸術性と技術の高さをみることができる。

現在のイランの国境の始まり

現在のイランはイスラームシーア派の国である。その歴史はサファヴィー朝に始まる。長い異民族支配の歴史を打ち破り1501年に建国したサファヴィー朝は、スンニ派オスマン帝国に対抗し、イラン人の民族意識を高めるためシーア派を国教とした。

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ギャラリー

イスファハーンのイマーム広場
ファザードの入口Wikipedia
イスファハーンのイマーム広場
フランスの建築家パスカル・コステ(Pascal Coste)が1841年にペルシャを訪問して描いたイマームのモスクと中庭。©Public Domain
アリー・カプー宮殿
アリー・カプー宮殿 Wikipedia
イスファハーンのイマーム広場
シェイフ・ロトフォッラー・モスク 内部の装飾 Wikipedia
イスファハーンのイマーム広場
シェイフ・ロトフォッラー・モスク Wikipedia
アリー・カプー宮殿
アリー・カプー宮殿内のミュージックホール Wikipedia
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