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7〜9世紀の東南アジア地図 ©世界の歴史まっぷ

シュリーヴィジャヤ王国


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シュリーヴィジャヤ王国 (7世紀頃〜14世紀頃)

7世紀ころスマトラ島におこり、最盛時には海上交通の要路マラッカ海峡とスンダ海峡を押さえるとともに、マレー半島南部を領土に加えジャワを支配し、さらにカンボジア・チャンパーへも遠征軍を送った。インドの諸王朝とも関係があり、インド文化の影響を強くうけた。唐(王朝)の僧・義浄の『南海寄帰内法伝』にはこの国で栄えた大乗仏教の様子が記されている。首都:パレンバン。

シュリーヴィジャヤ王国

アジア・アメリカの古代文明
アジア・アメリカの古代文明 ©世界の歴史まっぷ

アジア・アメリカの古代文明

東南アジアの諸文明

諸島部の国々
東南アジア海上の島々は、西暦紀元の始めより交易をつうじてインド文化の影響をうけ始め、やがて国家がたてられるにいたった。
それらのうちもっとも華々しい活躍をみせたのは、スマトラ島におこったシュリーヴィジャヤ王国である。
この王国は7世紀ころおこり、9世紀半ば以後にはジャワから移ったシャイレーンドラ系の王統のもとで栄えた。都はスマトラ島東部のパレンバン付近にあり、最盛時には海上交通の要路マラッカ海峡とスンダ海峡を押さえるとともに、マレー半島南部を領土に加えジャワを支配し、さらにカンボジア・チャンパーへも遠征軍を送った。インドの諸王朝とも関係があり、インド文化の影響を強くうけた。また大乗仏教が栄え、唐(王朝)の僧義浄ぎじょうはインド旅行の往復ともにこの地に立ち寄った。彼が著した『南海寄帰内法伝』にはこの国の仏教の様子も記されている。唐(王朝)・宋(王朝)とも通行し、唐代には室利仏逝しつりぶっせい、宋代には三仏斉さんぶつせいとして知られる。
7〜9世紀の東南アジア地図
7〜9世紀の東南アジア地図 ©世界の歴史まっぷ

この王国は11世紀に入ると南インドのチョーラ朝の海軍の来寇(1025)もあって力を弱め、その後に一時復興するが、しだいに衰退に向かった。

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