チャンドラグプタ1世
チャンドラグプタ1世とサムドラグプタ @Wikipedia

チャンドラグプタ1世

チャンドラグプタ1世 (330年頃)

グプタ朝創始者(在位320年〜335年)。ガンジス川中流域の有力諸侯で、同地方の名家の娘と結婚し王位の正統性公認された。パータリプトラ(現パトナ)を首都にインド北東部を支配。「諸王のなかの大王」と称し、即位年を紀元とする新暦を作成。

チャンドラグプタ1世

グプタ朝を開いた英主

グプタ朝創始者(在位320年〜335年)。ガンジス川中流域の有力諸侯で、同地方の名家の娘と結婚し王位の正統性公認された。パータリプトラ(現パトナ)を首都にインド北東部を支配。「諸王のなかの大王」と称し、即位年を紀元とする新暦を作成。

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インドを再統一したグプタ朝

古代インドで320年頃に成立したグプタ朝の創始者。クシャーナ朝が衰退したのち、分裂状態のインドを再統一した。「最高の君主」と自称した。

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アジア・アメリカの古代文明

インドの古代文明

グプタ朝と古典文化
3世紀にはサータヴァーハナ朝が倒れ、クシャーナ朝も衰退したが、4世紀に入るとガンジス川中流域にグプタ朝(320〜550頃)がおこり、都をパータリプトラにおいて北インドを統一した。まず初代のチャンドラグプタ1世が王朝の基礎を固め、第2代のサムウドラグプタの時代に四周を征服して領土を広げた。
サムドラグプタは南インドにも遠征軍を送ったが、この地を版図に加えることはせず、諸王の帰順を求めるにとどまった。
第3代のチャンドラグプタ2世(超日王)は西インドを征服するとともに、デカンのヴァーカータカ朝と婚姻関係を結ぶことによって南方への影響力を強めている。チャンドラグプタ2世の時代がグプタ朝の最盛期で、当時インドを旅行した中国僧の法顕ほっけんの旅行記『仏国記(法顕伝)』に、この国の繁栄のありさまが記されている。その繁栄はまた、この王朝の発行した多種多様な金貨からも知られる。民間では貝貨が一般的に用いられた。
グプタ朝(5世紀頃)の地図
グプタ朝(5世紀頃)の地図 ©世界の歴史まっぷ

しかし5世紀後半になると諸侯の離反、独立によって国内が乱れ、また西北からエフタル民族(フーナ)の侵寇もうけて衰退し、6世紀半ばに滅んだ。グプタ朝衰退の原因としては、このほかに西方世界との交易の停滞と、国内における都市経済の停滞があった。

グプタ朝と古典文化 – 世界の歴史まっぷ

詳説世界史研究

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