チャールズ1世(イングランド王)
チャールズ1世(イングランド王)(Sir Anthony Van Dyck画/ナショナル・ポートレート・ギャラリー蔵)©Public Domain

チャールズ1世(イングランド王)

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チャールズ1世(イングランド王) (A.D.1600〜A.D.1649)

ステュアート朝第2代イングランド王(在位1625年3月27日 - 1649年1月30日)、スコットランド王、アイルランド王。専制政治を行ない、議会から権利の請願を突きつけられるが、黙殺し、議会を解散した。スコットランドに国教を強制し、議会を武力で弾圧したため、ピューリタン革命を招き、処刑された。

チャールズ1世(イングランド王)

ピューリタン革命で処刑

父王ジェームズ1世(イングランド王)を引き継いで専制政治を行う。議会から権利の請願を突きつけられるが、黙殺し、議会を解散した。スコットランドに国教を強制し、議会を武力で弾圧したため、ピューリタン革命を招き、処刑された。

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議会への強硬姿勢により墓穴を掘る

相次ぐ外交の失敗から国庫を枯渇させ、これを重税で補おうとしてピューリタンを主とする議会と対立する。王は専制を強化するとともに非国教徒への弾圧を強めることで難局を乗り切ろうとしたが、逆にこれが内乱を誘発。議会軍に敗れ、処刑された。

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ヨーロッパ主権国家体制の展開

イギリス立憲政治の発達

ピューリタン(清教徒)革命

チャールズ1世(イングランド王)(位1625〜1649)は、父王ジェームズ以上に専制を強化した。このため1628年、議会は「権利の請願」を提出して、議会の同意していない課税や法にもとづかない逮捕や投獄をやめることなどを国王に約束させた。これに対して国王は、翌年、議会を解散し、以後11年間にわたって議会を開くことなく、専制政治をおこなった。この間、カンタベリー大主教ウィリアム・ロード(1573〜1645)やトマス・ウェントワース(初代ストラフォード伯爵)(1593〜1641)を重用して、国教会と国家の結びつきを緊密にした(「ロード=ストラフォード体制」という)ことによって、国民の決定的な不評をかった。しかし、1639年、カルヴァン派(長老派)の強いスコットランドに国教を強制したことから反乱がおこり、チャールズ1世としても戦費調達のため議会を召集せざるをえなくなった。

しかし、このために開かれた議会は課税を拒否したうえ、国王を激しく避難したため、国王は3週間でこれを解散した(短期議会)。同年、新たな議会(1653年まで10年以上続いたため、長期議会という)が開かれたが、対立はますます深刻化し、1642年、5名の議員を逮捕しようとして失敗した国王は北部のヨークに逃れ、イギリスは内乱状態に突入した。

内乱では、初めは王党派が優勢であったが、議会派の中心となった独立派のオリバー・クロムウェル(1599〜1658)が鉄騎兵や近代の国民軍に近い性格の「新型軍」を編制して、1644年、ネイズビーの戦いで、王党派は決定的に打ち破られた。ついに1649年には国王は処刑され、クロムウェルら議会派が共和制を打ち立てた。この一連の動きをピューリタン革命という。

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家系図

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①ジェームズ1世(イングランド王)
 
アン・オブ・デンマーク
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ヘンリエッタ・マリア・オブ・フランス
 
②チャールズ1世(イングランド王)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
③チャールズ2世(イングランド王)
 
メアリー・ヘンリエッタ・ステュアート
 
オラニエ公ウィレム2世
(オランダ総督)
 
④ジェームズ2世(イングランド王)
 
アン・ハイド
 
ヘンリエッタ・アン
 
オルレアン公フィリップ1世
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
⑤ウィリアム3世(イングランド王)
 
⑤メアリー2世(イングランド女王)
 
ジェームズ(老僭王)
 
⑥アン(イギリス女王)
 
ジョージ(カンバーランド公)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
チャールズ(若僭王)
 
ヘンリー・ベネディクト・ステュアート
 
夭逝