エジプト統一王国の形成と展開 ヒッタイト タニス バビロニア ミタンニ 紀元前15世紀のオリエント諸国の地図
紀元前15世紀のオリエント諸国の地図 ©世界の歴史まっぷ

ヒッタイト


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ヒッタイト Hittites

古代オリエントで勢力を誇った、インド=ヨーロッパ語系民族・国家。前17世紀半ば頃ハットゥシャ(現ボアズキョイ)を都に王国を建て、バビロン第1王朝を滅ぼした。初めて鉄器を使用し馬と戦車を駆使して、前14世紀には全盛期を迎え、シリアをめぐってエジプトと対立した。前12世紀「海の民」や外敵の侵入、内紛によって滅亡したと言われる。

ヒッタイト

ヒッタイト人:古代オリエントで勢力を誇った、インド=ヨーロッパ語系民族・国家。前17世紀半ば頃ハットゥシャ(現ボアズキョイ)を都に王国を建て、バビロン第1王朝を滅ぼした。初めて鉄器を使用し馬と戦車を駆使して、前14世紀には全盛期を迎え、シリアをめぐってエジプトと対立した。前12世紀「海の民」や外敵の侵入、内紛によって滅亡したと言われる。

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オリエントと地中海世界

世界史対照略年表(前3000〜前200)
世界史対照略年表(前3000〜前200)©世界の歴史まっぷ
オリエントと地中海世界
オリエントと地中海世界 ©世界の歴史まっぷ

古代オリエント世界

インド=ヨーロッパ語族の進出

まず紀元前19世紀ころに小アジアのアナトリア高原に移動した一派は、先住民族を従えてヒッタイト王国をたてた。紀元前1650年ころにはハットゥシャを都とする強力な帝国に成長し、紀元前16世紀のはじめには古バビロニア王国と争ってこれを滅ぼした。

最盛期は紀元前14世紀で、南進してミタンニ・エジプトと抗争した。なかでも紀元前13世紀の初頭、北進してきたエジプト新王国ラメセス2世と、シリアの覇権をめぐって争ったカデシュの戦いは有名である。彼らが軍事的に強大化したのは、馬と戦車に加えて鉄製武器を使用した事による。

紀元前12世紀初めに、当時東地中海全域を巻き込んだ民族大移動の波の中で、バルカン方面から来襲した民族によって滅ぼされたが、これ以降、それまでヒッタイトに独占されていた製鉄技術が、オリエント各地に普及するようになった。

カデシュの戦い:戦いが引き分けに終わったあと、両国の間で講和条約が結ばれた。対等国家間の国際条約としては、現存する世界最古のものである。
紀元前15世紀のオリエント諸国の地図
紀元前15世紀のオリエント諸国の地図 ©世界の歴史まっぷ
紀元前10世紀前後のオリエント地図
紀元前10世紀前後のオリエント地図 ©世界の歴史まっぷ
ボアズキョイの発掘

1905年から翌年にかけて、ドイツのヴィンクラーが当時オスマン帝国領であったアナトリア高原のボアズキョイの遺跡を発掘し、ヒッタイト王国の首都ハットゥシャの存在を明らかにした。遺構より多数出土した粘土板文書の解読と研究をつうじて、やがてヒッタイト学という学問が成立し、現在は日本からも調査隊が派遣されて、小アジア各地でさかんに発掘がおこなわれている。

アラム人とフェニキア人

紀元前1200年前後の「海の民」の襲来は、この地方にも甚大な影響を及ぼした。陸上でヒッタイトとエジプトの勢力が後退したばかりでなく、海上でもクレタ文明ミケーネ文明勢力が崩壊したからである。これによって、この地方でセム語系の3民族(アラム人フェニキア人ヘブライ人)が、それぞれ独自の活動を展開する余地が生まれた。

「海の民」とは、紀元前13世紀末から紀元前12世紀にかけて、バルカン・エーゲ海方面より来襲して、東地中海一帯の諸国家・諸都市を恐慌に陥れた諸民族(系統未詳)の総称。
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