パリサイ派
パリサイ人とイエスの論争 (ギュスターヴ・ドレ画) j©Public Domain

パリサイ派

パリサイ派 紀元前176のマカバイ戦争直後から紀元1世紀頃(第二神殿時代後期)にかけて存在したユダヤ教の一派。 パリサイ人・ファリサイ派・ファリサイ人ともいう。語義は「分離した者」。ユダ・マカバイを中心としてハシディーム派の敬虔な一派から分離した人々。 律法厳守に徹して民衆や他宗派に接せず、ユダヤ教の創始者エズラに従い口伝律法も成文律法と同様に権威を有するとしてその拘束性を主張。サドカイ派と異なり非ユダヤ的なものに反対し、熱心党が目指したような政治闘争には加わらず、死後の応報・肉身のよみがえりを信じて自由意志と予定の結合を唱えた。ナザレのイエスの教説に反対し、福音書では偽善者と非難されるが宗派としては純正な立場をとりシメオン・ザカリアス・パウロなどすぐれた人材を擁していた。前2世紀から紀元70年のエルサレム陥落まで勢力を保ち、ヘロデ大王の頃6000人に達したという。しかし70年以後も残存し、ラビの思想に影響を残した。(ブリタニカ国際大百科事典)