ヨークタウンの戦い Battle of Yorktown (1781.9.28〜10.17)
アメリカ独立戦争の最後の決定的戦闘。アメリカのヨークタウンで、大陸軍とフランス陸海軍が、チャールズ・コーンウォリスの率いるイギリス軍を包囲、降伏させ、植民地の勝利というかたちで、6年余にわたったアメリカ独立戦争は事実上終結した。
ヨークタウンの戦い
アメリカ独立戦争の最後の決定的戦闘。1781年4月イギリス軍副司令官C.コーンウォリスは低南部内陸地方から北進を始め、バージニアに向ったが、総勢5200の独立軍がこれをヨークタウンに追いつめ、さらにフランス艦隊がイギリス艦隊を追払ってヨークタウンを海上から封鎖。10月6日G.ワシントンの率いる約9000の独立軍とロシャンボー将軍の率いる約7800のフランス軍との連合軍が約6000のイギリス軍を包囲攻撃し、19日コーンウォリスは降伏。6年余にわたった独立戦争は事実上終了した。
参考 ブリタニカ国際大百科事典
戦争データ
年月日:1781年9月28日 – 10月17日 | |
場所:バージニア州ヨークタウン | |
結果:フランス・アメリカ連合軍の決定的な勝利 アメリカ独立戦争の終戦 |
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交戦勢力 | |
フランス王国 アメリカ合衆国(大陸軍) |
グレートブリテン王国 |
指導者 | |
ジャン=バティスト・ド・ロシャンボー ジョージ・ワシントン |
チャールズ・コーンウォリス |
戦力 | |
フランス軍 10,800 大陸軍 8,845 |
7,500 |
参考:Wikipedia
欧米における近代社会の成長
アメリカ独立革命
戦争の経過とパリ条約
1781年、ヨークタウンで大陸軍とフランス陸海軍は、チャールズ・コーンウォリスの率いる7000のイギリス軍を包囲、降伏させた(ヨークタウンの戦い)。戦争は事実上、植民地の勝利というかたちで終結した。本国では強硬派のトーリ党内閣にかわり、穏健派のホイッグ党内閣が成立し、1782年仮講和条約が結ばれた。
1783年、植民地と本国の間にパリ条約(1783)が締結され、アメリカ合衆国は独立を承認されたばかりでなく、13の植民地の面積をうわまわるミシシッピ川以東の広大な土地を割譲された。