二里頭文化 (にりとうぶんか)
紀元前2100年頃-紀元前1800年頃または紀元前1500年頃。黄河中流から下流を中心に栄えた新石器時代から青銅器時代初期にかけての文化であり、都市や宮殿を築いた。殷初期と考えられる二里岡文化に先行する。
二里頭文化
二里頭文化の代表的な遺跡
二里頭遺跡
二里頭遺跡は今から3800年から3500年前のもので、遺跡の時期は4期に分かれている。1、2期は新石器時代で、陶器を製造する農耕文明であった。3期・4期は青銅器の本格的使用また都市国家が形成していた。
- 1期:3門峡、関中平原東部、河南省南部に拡大
- 2期:汾水流域に拡大し、その地域に二里頭文化東下馮類型を形成。
- 3期:沁水以西地区、河南省東・東南部に拡大。
- 2、3期頃になると、河北の輝衛文化・下七垣文化、山東の岳石文化などとの衝突の痕跡が認められる。
- 4期
- 3、4期になると青銅器や宮殿の跡が出土し、都市国家が形成されていたとみられる。