写実主義 (リアリズム realisme )
現実をありのままに描くことを主張した文芸思潮。19世紀半ばのフランスで、ロマン主義に対する反動として提唱され、広まった。
写実主義
写実主義
文学 | 絵画 | ||
スタンダール(仏) | 『赤と黒』 | ドーミエ(仏) | 版画「古代史」シリーズ |
バルザック(仏) | 『ゴリオ爺さん』 『人間喜劇』 | クールベ(仏) | 「石割り(絵画)」 |
フロベール(仏) | 『ボヴァリー夫人』 | ||
サッカレー(英) | 『虚栄の市』 | ||
ディケンズ(英) | 『二都物語』 『オリヴァー=トゥイスト』 | ||
ゴーゴリ(露) | 『死せる魂』 | ||
ドストエフスキー(露) | 『罪と罰』 |
現実をありのままに描くことを主張した文芸思潮。19世紀半ばのフランスで、ロマン主義に対する反動として提唱され、広まった。
欧米における近代国民国家の発展
19世紀欧米の文化
文学
写実主義文学
19世紀の半ばから後半に入ると、資本主義経済の問題点がしだいに噴出するようになり、市民社会の成熟や科学技術の発展と相まって、非現実的なロマン主義の傾向にかわって、人生の現実をありのまま表現しようとする写実主義 Realism や、人間を科学的に観察し、社会の矛盾や人間性の悪の面を描写する自然主義 Naturalism が生まれた。
その先駆けは、軍隊や聖職者などの特権階級に敵意と野心をもつ人間を描いた『赤と黒』を代表作とするフランスのスタンダール Stendhal (1783〜1842)や、風刺家で『ゴリオ爺さん』『人間喜劇』などで当時のフランスの世相を生き生きとしかし批判的に描いたバルザック Balzac (1799〜1850)である。
写実主義はフロベール Flaubert (1821〜80, 代表作『ボヴァリー夫人』)によって確立し、その流れはその他の諸国におよんだ。
ドイツでは、包容力と時代への順応性により自然主義以後の文学の推移を体現したハウプトマン Hauptmann (1862〜1946, 代表作『織工』『沈鐘』))。
イギリスでは、イギリス上流階級の虚栄に満ちた生活を風刺した『虚栄の市』を書いたサッカレー Thackeray (1811〜63)、『二都物語』や『クリスマス=キャロル』『オリヴァー=トゥイスト』などをとおしてフランス革命の現実やロンドンの下層階級の生活を活写したディケンズ Dickens (1812〜70)などがいる。
ロシアでは、社会の下積みとなっている弱者に暖かい同情をみせる『外套』、官吏の不正を暴露しツァーリズムを批判する『検察官』、亡命先のローマで書いた名作『死せる魂』を残したゴーゴリ Gogol (1809〜52)がロシアの写実主義文学を確立した。
さらに高利貸しの老婆とその妹を殺害した大学生と一家の犠牲となった娼婦を対峙させた『罪と罰』や、人間の魂の救済をテーマとした『カラマーゾフの兄弟』などを書き、当初の社会主義的傾向によりシベリア流刑を経験した文豪ドストエフスキー Dostoevskii (1821〜81)、農奴解放後のロシア社会と無気力なインテリを描いた『父と子』(その他『猟人日記』『処女地』)の作者で、農村を題材とする多くの作品を残したトゥルゲーネフ Turgenev (1818〜83)、ナポレオンのロシア遠征を背景とする大河歴史小説『戦争と平和』ではロシアの知識人の苦悩を、『アンナ=カレーニナ』では愛のない結婚をした女性が真実の愛に目覚めつつも社会的規範によって悲惨な最期をとげる経過を描き、資本主義の偽善と矛盾を暴露しながらも人間の道徳性に期待し、キリスト教的人道主義の立場をとったトルストイ Tolstoi (1828〜1910)、『桜の園』で没落しつつあった貴族階級の姿をペーソスをもって描いたチェーホフ Chekhov (1860〜1904)などがいる。
美術と音楽
19世紀の中ごろになると、古典主義の理想化やロマン主義の誇張を捨ててありのままの農村や自然の風景、さらには都市市民の生活を描こうとする自然主義・写実主義絵画が現れた。
写実主義絵画
写実主義も同時期におこり、ドーミエ Daumier (1808〜79 オノレ=ドーミエ)は30年代痛烈な風刺漫画を描き、七月王政政府から禁固刑に処せられたが、その生き方を変えず油彩画や水彩画にも力を入れ、同時代のミレーが貧しい農民の哀感を誠実に描いたのに対して、彼は都市下層民のたくましい生活のようすを描きだした。クールベ Courbet (1819〜77 ギュスターヴ=クールベ)も写実主義画家として「石割り(絵画)」「波(絵画)」などを描き、二月革命をきっかけにおこった民衆のための芸術思想や同郷の友人プルードンの影響もうけ、重厚な写実絵画を描いた。彼は71年のパリ=コミューンに参加したが、運動が挫折したあと禁固刑をうけ、晩年はスイスに移住した。
世界史B
11. 欧米における近代国民国家の発展
53.19世紀欧米の文化
2. 現実主義の風潮
科学・技術の急速な発達は文学にも影響し、非現実的なロマン主義にかわって現実をありのままに描き出そうとする写実主義や、自然科学の方法を用いて現実を実証的に追求しようとする自然主義の風潮が広がった。写実主義のさきがけとなったのは、19世紀前半のフランスの社会・風俗をいきいきと描いた、『赤と黒』のスタンダールと「人間喜劇」『谷間の百合』のバルサックである。そのあとのゾラは『実験小説論』によって自然主義の文学論を確立した。ゾラはドレフュス事件では「私は弾劾す!」とドレフュスの無罪を叫んだことでも知られる。ロシアの写実主義文学では、ナロードニキ・ニヒリズムと流れる時代のなかで『父と子』で世代の対立を描いたトゥルゲーネフ、『罪と罰』で知られるドストエフスキー、ナポレオン戦争の祖国防衛戦争を描いた『戦争と平和』のトルストイがその代表者である。