可愛山陵
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可愛山陵

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可愛山陵 (2〜3世紀頃) 可愛山陵(えのみささぎ)はニニギ(天津日高彦火瓊瓊杵尊)の陵。高屋山上陵、吾平山上陵とともに神代三山陵の一つ。明治政府により1874年(明治7年)、新田神社(現・鹿児島県薩摩川内市宮内町)境内の神亀山を「可愛山陵」と治定した。ただし、その後の1896年(明治29年)にも「北川陵墓参考地(可愛山陵伝承地)」(可愛岳山麓にある経塚古墳「日向埃山陵」、現・宮崎県延岡市北川町長井)、「男狭穂塚陵墓参考地(可愛山陵参考地)」(西都原古墳群のにある男狭穂塚、現・宮崎県西都市)を定めている。 可愛山陵である新田神社では、神亀山の5分の4が御陵の領域となっている。(Wikipedia)