将軍継嗣問題
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将軍継嗣問題 しょうぐんけいしもんだい( A.D.1857〜A.D.1858)

13代将軍家定に嗣子ししがなく、1857年から公然となった世継ぎ問題。徳川慶福をおす南紀派と徳川慶喜をおす一橋派が争い、朝廷にも工作。1858年井伊直弼の大老就任で南紀派が勝利し、慶福が14代将軍家茂となる。

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13代将軍家定に嗣子ししがなく、1857年から公然となった世継ぎ問題。徳川慶福をおす南紀派と徳川慶喜をおす一橋派が争い、朝廷にも工作。1858年井伊直弼の大老就任で南紀派が勝利し、慶福が14代将軍家茂となる。

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近代国家の成立

開国と幕末の動乱

政局の転換
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ハリスから通商条約の調印を迫られていたころ、幕府では13代将軍家定(1824〜58)に子がなかったため、その後継を誰にするのかという将軍継嗣問題が大きな争点となっていた。越前藩主松平慶永・薩摩藩主島津斉彬・土佐藩主山内豊信雄藩の藩主は、「年長・英明」な将軍の擁立をかかげて徳川斉昭の子で一橋家の徳川慶喜(1837〜1913)を推し、譜代大名らは幼年ではあるが血統の近い紀伊藩主徳川慶福(のち徳川家茂、1846〜66)を推して対立した。慶喜を推す一橋派は、雄藩の幕政への関与を強めて幕府と雄藩が協力して難局にあたろうとし、慶福を推す南紀派は、幕府の専制政治を維持しようとし、朝廷も巻き込んで激しく争った。結局通商条約をめぐる朝廷と幕府の対立、将軍継嗣問題をめぐる大名間の対立という難局に対処するため、南紀派の彦根藩主井伊直弼が大老に就任し、勅許を得ないまま日米修好通商条約に調印するとともに、一橋派を押し切って慶福を将軍の継嗣に定めた。

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