復古神道
山宮浅間神社(静岡県富士宮市) 。本殿を持たず、富士山の遥拝所などがあり、遥か昔の神道の形態をいまに伝えている。©Public Domain

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復古神道 ふっこしんとう

本居宣長・平田篤胤の神道説。儒仏に影響されない、純粋な古道を明らかにし、神意のままに行う「惟神の道かんながらのみち」の復活を説く。平田篤胤により大成され、尊王論とつながって、明治維新の指導理念の一つとなる。

復古神道

本居宣長・平田篤胤の神道説。儒仏に影響されない、純粋な古道を明らかにし、神意のままに行う「惟神の道かんながらのみち」の復活を説く。平田篤胤により大成され、尊王論とつながって、明治維新の指導理念の一つとなる。

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幕藩体制の動揺

化政文化

国学の発達

元禄期に始まった『万葉集』などの古典研究は、18世紀後半になると、『古事記』や『日本書紀』などの歴史書の研究へと進み、それらの古典のなかに日本古来の精神、古道を明らかにしようとする国学に発展した。契沖けいちゅうに学んだ荷田春満かだのあずままろ(1669-1736)は、『創学校啓』を書いて国学の学校建設を説き、その門人賀茂真淵かものまぶち(1697-1769)は、儒教・仏教などの外来思想の影響を受けない日本古代の思想、古道を追究し、『国意考』『万葉考』を著した。この国学を学問的・思想的に大成したのが伊勢松坂の本居宣長もとおりのりなが(1730-1801)である。宣長は『源氏物語』を研究して「もののあわれ」を主張し、『古事記』の精密な研究により古道を説き、外来思想を排除して日本古来の精神に返ることを主張した。宣長の影響を受けた平田篤胤ひらたあつたね(1776-1843)は激しく儒教・仏教を排斥して日本古来の純粋な信仰を尊ぶ復古神道を大成し、農村の有力者に広く受け入れられて、幕末尊王攘夷運動に影響を与えた。

政治・社会思想の発達

古典の研究、復古思想の立場から尊王論を唱えた国学者の本居宣長は、将軍は天皇の委任(「御任みよさし」)により政権を担当しているのだから、将軍の政治にしたがうことが天皇を尊ぶことになると説き、幕府政治を否定する考えはなかった。しかし、平田篤胤ひらたあつたね復古神道は、各地の豪農・神職たちに受け入れられ、幕末の尊王攘夷運動に影響を与えた。

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