推古天皇 冠位十二階 憲法十七条
推古天皇像(土佐光芳画・部分) ©Public Domain

推古天皇

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推古天皇 (A.D.554〜A.D.628) 第33代の天皇,女帝(在位 592~628)。欽明天皇の第3皇女,母は蘇我稲目の娘,皇太夫人堅塩媛きたしひめ。 用明天皇と同母の妹で,名は幼少時は額田部,のち豊御食炊屋姫尊とよみけかしきやひめのみこと。敏達5(576)年、敏達天皇の皇后となったが,同14年天皇を失い,さらに蘇我馬子のために崇峻天皇が殺されたのち,擁立されて崇峻5(592)年 12月豊浦宮で即位し,のち大和小墾田に移り,小墾田宮に都した。甥の聖徳太子を立てて皇太子,摂政とし,治世中,太子を中心として冠位十二階の設定,『十七条憲法』の制定,暦の使用,『天皇記』『国記』などの編纂,遣隋使の派遣などが行われた。推古 20(612)年,女帝の母である堅塩媛命の檜隈陵への改葬が行われている。女帝は厚葬することを禁じる旨遺詔して没した。陵墓は大阪府南河内郡太子町の磯長山田陵しながのやまだのみささぎ

参考 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

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