本多忠勝
紙本著色本多忠勝像(良玄寺蔵/WIKIMEDIA COMMONS)©Public Domain 関が原合戦後、忠勝は争いの無い時代になり自分の活躍の場が無くなったことを嘆き、絵師にこの甲冑姿の自分の肖像を描く事を命じた、なお忠勝はこの肖像画を完成させるまでに7回~8回やり直しさせたとも言われている。また、この肖像画を描くときに着用していた甲冑は現在も残っている。

本多忠勝

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本多忠勝 ほんだただかつ(平八郎へいはちろう)(A.D.1548〜A.D.1610) 徳川四天王・徳川十六神将。出陣回数50回を誇る徳川の猛将。幼少より家康に仕える。三方ヶ原の戦いにおいて、武田信玄が「家康に過ぎたるものは2つあり。唐の頭と本多平八(忠勝のこと)」といったというのは有名な逸話。信長にも「花実兼備の勇士」と讃えられた。

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