浄土寺浄土堂(阿弥陀堂) じょうどじじょうどどう(あみだどう) 国宝
兵庫県小野市。鎌倉前期/1192(建久3)年、桁行三間、梁間三間、一重、宝形造、本瓦葺
東大寺南大門とならび、重源の大仏様建築様式を用いた遺構として残る。
浄土寺浄土堂(阿弥陀堂)
国宝・重要文化財データ
- 名称: 浄土寺浄土堂(阿弥陀堂)
- 員数: 1棟
- 種別: 近世以前/寺院
- 時代: 鎌倉前期
- 年代: 建久3
- 西暦: 1192
- 構造及び形式等: 桁行三間、梁間三間、一重、宝形造、本瓦葺
- 国宝・重文区分: 国宝
- 重文指定年月日: 1901.03.27(明治34.03.27)
- 国宝指定年月日: 1952.03.29(昭和27.03.29)
- 所在都道府県: 兵庫県
- 所在地: 兵庫県小野市浄谷町
- 所有者名: 浄土寺
浄土寺
浄土寺は、兵庫県小野市にある、重源が開山した寺院。境内には池を中心にして、西に重源の大仏様建築である浄土堂(阿弥陀堂)、東に室町時代の薬師堂(本堂)が建つ。
浄土堂
浄土堂(国宝)― 1194年(建久5年)上棟、宝形造、本瓦葺、化粧屋根裏、背面蔀戸
浄土寺浄土堂(「阿弥陀堂」とも言う)は重源によって建てられたもので、本尊として快慶作の阿弥陀三尊の巨像を安置する。堂は建久5年(1194年)に上棟し、同8年(1197年)に完成供養を行ったと記録されている。渡宋経験のあった重源は、大仏殿をはじめとする東大寺諸堂の復興や各地の別所寺院の建築に際し、当時の中国(宋)の最新式の建築様式を採用した。これが現代において大仏様(かつては天竺様とも呼んだ)と呼ばれる建築様式で、鎌倉時代以後の寺院建築に大きな影響を与えたが、重源が手がけた大仏様建築で現存するものは他に東大寺南大門と同寺開山堂のみである。
堂は方三間〈正面・側面とも1辺に柱が4本立ち、柱間が3つあるという意味)の単純な平面構成になるが、1つの柱間が約6メートルもあり、内部空間は広大である。屋根は宝形造(ほうぎょうづくり、四角錐状の屋根形)、本瓦葺きで、平面の大きさの割に立ちが低いことと、屋根の形づくる線にほとんど反りがなく直線的であることが特色である。比較的地味な外観に比し、堂内部は貫(ぬき)、梁(はり)などの構造材をそのまま見せたダイナミックな構成になっている。天井を張らず、屋根裏に空間をつくらず、構造材をそのまま見せて装飾を兼ねていること、貫(複数の柱を貫通する水平材)を多用することなどが大仏様建築の特色である。
参考 Wikipedia