菱川師宣
見返美人図(菱川師宣画/東京国立博物館蔵/WIKIMEDIA COMMONS)©Public Domain

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菱川師宣 ひしかわもろのぶ( A.D.1618〜A.D.1694)

江戸時代初期の浮世絵師。菱川派の祖としてその配下の画工たちと、150種にも上る絵本、挿絵本、一枚絵の組物といった版画作品(多くは好色本)、および遊楽の場面を描いた多くの肉筆画を精力的に制作。墨摺本と呼ばれる墨一色の世界に、明暦の大火以後、文化的な欲求を高め活気を呈してきた当時の江戸の庶民の生活や、風俗を表現。浮世絵の元祖といわれる。『伽羅枕』『秘戯図』『北楼及演劇図巻』『見返り美人図』

菱川師宣

江戸時代初期の浮世絵師。名は吉兵衛。剃髪して友竹と号した。安房国(千葉県)の縫箔を家業とする家に生れる。寛文年間(1661~73)、画家を志して江戸に出てから死没(一説に数え年77歳)するまで、菱川派の祖としてその配下の画工たちと、150種にも上る絵本、挿絵本、一枚絵の組物といった版画作品(このうちの多くは好色本)、および主として遊楽の場面を描いた多くの肉筆画を精力的に制作した。墨摺本と呼ばれる墨一色の世界に、明暦の大火(57)以後、文化的な欲求を高め活気を呈してきた当時の江戸の庶民の生活や、風俗を表現している。ことに彼の描き出した美人のタイプは「菱川様の吾妻おもかげ」と呼ばれ、広く普及した。浮世絵の元祖といわれる。主要作品は版画では『伽羅枕』(61~73)、『秘戯図』、肉筆画では『北楼及演劇図巻』(72~89、東京国立博物館)、『見返り美人図』(93頃、同)。

参考 ブリタニカ国際大百科事典

元禄の江戸に現れた浮世絵の創始者

版画に力を注ぎ浮世絵を大成させる

浮世絵の先駆者・菱川師官ひしかわもろのぶは、縫箔師ぬいはくしの子として安房国で生まれた、若くして江戸に出て、ほとんど独学で狩野派をはじめ、さまざまな絵画を学んだという。1657年(明暦3)の明暦の大火以後、江戸では人衆娯楽が急速に発展、本版による出版物の刊行も増加した。師宣はこうした出版物の挿絵を描いて活躍を始める。井原西鶴の『好色一代男』の江戸版で挿絵を担当、これが大ヒットとなり、挿絵絵師の第一人者の名を不動のものにした。師宣は本の挿絵を制作するかたわら、1枚絵の揃い物も多く出版し、「浮世絵」と呼ばれるジャンルの興隆の端緒を開いた。世絵はその後「美人画」「役者絵」「相撲絵」などとして発展し、庶民の流行や文化を牽引するメディアとなっていく。

江戸の工夫:落語・俳諧・歌舞伎など江戸時代を彩る文化の多くは上方起源である。しかし、師宣を先駆けとして花開いた浮世絵は、江戸で生まれて発展した生粋の江戸っ子の芸術だ。

参考 ビジュアル版 日本史1000人 下巻

幕藩体制の展開

元禄文化

文化の特色

多様な文学を享受する広範な人々の存在と、 これを媒介する紙の生産や出版業の発展が、元禄文学の飛躍的な成長を促した。このことは、元禄の美術についても共通しており、美術や工芸が大名・公家や上層町人にとどまらず、菱川師宣ひしかわもろのぶの美人画などのように、木版刷りを通して広範な層に受けとめられた。

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