藤ノ木古墳
藤ノ木古墳 Source Wikipedia

藤ノ木古墳


藤ノ木古墳 古墳時代後期(6世紀後半)
奈良県生駒郡斑鳩町の法隆寺西方に位置する古墳時代後期にあたる6世紀後半の円墳。東アジアで発見されている古代の馬具の中で、工芸的にも最高レベルの見事な金銅製馬具、豪華な倭風の大刀、冠、くつなどの金銅製装身具類、鏡、鉄製武器、鉄製農工具、土器などの豪華で多様な副葬品が発見されている。

藤ノ木古墳

古墳とヤマト政権

藤ノ木古墳

藤ノ木古墳は、奈良県斑鳩町の法隆寺西方に位置する直径40数mの古墳時代後期にあたる6世紀後半の円墳で、その内部の横穴式石室内に家形石棺があり、二人の成年男子が合葬されていた。
東アジアで発見されている古代の馬具の中で、工芸的にも最高レベルの見事な金銅製馬具、豪華な倭風の大刀、冠、くつなどの金銅製装身具類、鏡、鉄製武器、鉄製農工具、土器などの豪華で多様な副葬品が発見されている。
この時代は、まだ前方後円墳が作られている時代であるにもかかわらず、この古墳が中規模の円墳であること、それにもかかわらず超一級の豪華な副葬品をもつことから、被葬者は大王家の大王以外の人物、すなわち皇子みこクラスの人物ではないかと考えられている。

この時期の近畿の支配者層の古墳で、本来の副葬品の全体像や埋葬の実態が明らかにされた例は少なく、貴重な調査例とされる。その調査成果は、古代国家成立前夜の近畿の最高支配者層が、東アジア世界でも最高水準の工芸品を手に入れていたこと、朝鮮半島風の装身具類を身につけながらも、伝統的な倭風の大刀をもち、鏡や農工具の副葬など、古墳時代前期以来の伝統的な習俗を保持していたことを示している。
このことは、当時の倭国の支配者層が積極的に外来文化を取り入れながらも、なお伝統的な価値観を大切にしていたこと、すなわち外来文化の受容に際し、受け入れる側の主体性が保たれていたことを示すものとして興味深い。

参考

史跡名勝天然記念物

名称:藤ノ木古墳
種別:史跡
指定年月日:1991年11月16日
説明:藤ノ木古墳は、奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺西2丁目に所在する、直径約48m・高さ約9mの円墳(えんぷん)で、昭和60年〈第1次〉と昭和63年〈第2・3次〉に3回の発掘調査を実施しています。
古墳のつくられた時期については、古墳時代後期の6世紀後半と考えられています。
内部の構造は、南東方向に開口(かいこう)する全長13.95m、玄室(げんしつ)幅2.67m、玄室高さ4.41mの両袖式(りょうそでしき)の横穴(よこあな)式石室で、その玄室の奥壁の近く、横向きに全体を朱(しゅ)で塗られた凝灰岩(ぎょうかいがん)の刳抜式家形石棺(くりぬきしきいえがたせっかん)が置かれていました。
石室内からは鎧(よろい)や鉄鏃(てつぞく)などの武器・武具(ぶぐ)、金銅装(こんどうそう)の馬具(ばぐ)、土師器(はじき)・須恵器(すえき)などの土器類が出土しました。なかでも装飾性豊かな馬具類は、鞍金具(くらかなぐ)にパルメット、鳳凰(ほうおう)、象(ぞう)、鬼面(きめん)などの姿の透(すかし)彫りをほどこした、類例のないみごとなものです。
石棺内は未盗掘(みとうくつ)で埋葬当時の姿がほぼそのまま残っていました。被葬者(ひそうしゃ)は2人で、北側に17~25歳の男性、南側は年齢を特定できないのですが、男性の可能性が高いといわれています。
石棺内の副葬品(ふくそうひん)は豊富で、各種の金属製の玉(たま)類や1万数千点を超えるガラス玉などの装身具(そうしんぐ)、冠・履(くつ)・大帯(おおおび)などの金属製品、四面の銅鏡(どうきょう)、玉纏大刀(たままきのたち)、剣(けん)などがそえられていました。またその他に遺体を覆っていたと思われる繊維製品も多量に残っていました。
藤ノ木古墳は、このように6世紀後半の埋葬儀礼(ぎれい)を解明するうえにおいて貴重な資料を提供したばかりでなく、当時の文化の国際性をも示すきわめて重要な古墳といえるでしょう。


名称:奈良県藤ノ木古墳出土品
種別:考古資料
国宝・重文区分:国宝
保管施設の名称:奈良県立橿原考古学研究所附属博物館
所有者:国(文化庁)

藤ノ木古墳
金銅装透彫鞍金具(後輪) Source:斑鳩町

幅57cm、高さ43cm
出土した時点では、全体を緑青(ろくしょう)に被(おお)われていましたが、錆(さび)を取り除く保存処理により、本来の金色の輝きを取り戻しました。
木製の鞍(くら)部の鞍橋(くらはし)に取り付けられた金属板で、「前輪」「後輪」とからなり、藤ノ木古墳より出土したものは、古代東アジアにおいても類例を見ない、ひじょうに精緻な透彫りがほどこされています。
とくに「海金具(うみかなぐ)」とよばれる部分には六角形をつないだ亀甲文(きっこうもん)のなかに、「象(ぞう)」「鳳凰(ほうおう)」「竜(りゅう)」「鬼面(きめん)」などの姿が透彫りされており、その周辺にはパルメット文がほどこされ、その交差する位置にはガラス玉がはめこまれています。また3本の把手(とって)の支柱(しちゅう)には蓮華座(れんげざ)が見られ、把手の横棒には金細工のほどこされた半球形のガラスがはめこまれており、支柱の下には半肉(はんにく)彫りの「鬼神(きしん)」がほどこされています。
以上のような金工(きんこう)技術をもつ鞍金具は、中国・朝鮮などの東アジア地域でも出土を見ないことから考古学はもとより美術工芸研究においても注目されています。
金色に輝く馬具(ばぐ)に飾られた馬にまたがっていたであろう藤ノ木古墳の被葬者(ひそうしゃ)は、当時の政治の中心において活躍し、さぞかし周囲の注目を浴びていたことでしょう。そういう想像をかきたててくれる第一級の副葬品といえましょう。
藤ノ木古墳
金銅製冠 Source:斑鳩町

帯の長さ約52cm、立飾りを含めた高さ約35cm
頭にまく帯(おび)部は二山(ふたやま)をなす広いタイプで、そこに2枚の立飾(たちかざ)りからなる金銅製の冠です。
立飾りには絡み合う波状の文様(もんよう)を組み合わせ、その先端部には鳥形(とりがた)や剣菱形意匠(けんびしがたいしょう)やゴンドラ状意匠が透彫(すかしぼ)りで表現され、全体に花弁形(かべんがた)と鳥形の「歩揺(ほよう)」により装飾(そうしょく)されています。
このような立飾りの冠は日本に出土例がないことから、珍しい品であったことはまちがいなく、金色に輝くこの冠は、その「歩揺」の揺れることによりかすかな音を奏で、周囲の羨望のまなざしを集めたことでしょう。

参考 国指定文化財等データベース

アクセス


日本奈良県生駒郡 国指定史跡 藤ノ木古墳

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