護良親王
護良親王出陣図(作者不明)©Public Domain

護良親王

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護良親王 もりよし(もりなが)しんのう (A.D.1308頃〜A.D.1335) 後醍醐天皇の皇子。正中の変の後、延暦寺の座主任じられ僧兵の力をひき寄せようとした。元弘の変で父後醍醐天皇は廃位され、隠岐島に流されたが、護良親王は大和の山間部で兵を挙げ、悪党勢力の集結をはかり討幕に活躍した。後醍醐天皇の建武の新政で、御家人の代表が足利尊氏、畿内の新興武士たちを統率したのが護良親王であった。親王は尊氏の声望を警戒し、武士の掌握に乗り出したが、武士政権を否定する後醍醐天皇の怒りをかい失脚、鎌倉に流されて足利直義に殺された。

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