河姆渡文化 (かぼとぶんか) 河姆渡遺跡
河姆渡遺跡:前5000〜前3000年頃 長江下流域に成立した新石器文化。稲・ひょうたん・豆類・家畜の骨、漆器、高床式住居跡が発見された。日本の縄文文化との関連が指摘されている。
河姆渡文化
河姆渡遺跡:前5000〜前3000年頃、長江下流域に成立した新石器文化。稲・ひょうたん・豆類・家畜の骨、漆器、高床式住居跡が発見された。日本の縄文文化との関連が指摘されている。
先史の世界
農耕・牧畜の開始
農耕の起源
農耕・牧畜の起源については西アジアが単一の起源をなした、という説と、ユーラシアの幾つかの地域、それにアフリカとアメリカで相前後してそれぞれ独自に発生したという説がある。多源説によれば、東アジアでは中国黄河流域で紀元前6000年頃、米や粟などの雑穀、大豆などの栽培と犬・豚の家畜化が始まった。そして紀元前5000年頃の河姆渡遺跡からは水稲栽培がおこなわれていたことがわかり、西アジアとは異なる、米を主食とする農耕が広がっていった。
南アジアのインダス上流でも紀元前7000年頃、小麦・大麦の栽培と牛・山羊・羊の牧畜が始まったと思われる。ガンジス川峡谷では少し遅れて稲の栽培がおこなわれだした。またアフリカは現代よりも湿潤で、紀元前6千年紀にはアフリカ北西部に西アジアから小麦・大麦の栽培が伝わったが、中南部ではすでに紀元前7千年紀からヤムイモの栽培、牛の家畜化がはじめられていた。彼らアフリカの初期農耕民は今は砂漠化したサハラに動物を描いた岩絵を残している。このほか新大陸のアメリカでも中部から紀元前7000年〜紀元前4000年にかけて独自のジャガイモやトウモロコシの栽培が始められていた。
アジア・アメリカの古代文明
中国の古代文明
中国文明の誕生
長江文明
また、近年の発掘の結果、こうした黄河流域の文明とならんで、長江の下流域にも、紀元前4000年以前にさかのぼる古代文明が存在していたことが明らかにされた。特に1973年〜1974年に発掘された浙江省の河姆渡遺跡からは、高床式の木造住居跡や土器(彩陶・黒陶)とともに、大量の稲籾が出土し、人工的な水田施設をともなう集落がつくられていたことが明らかになった。