第4次伊藤内閣( A.D.1900〜A.D.1901)
立憲政友会を基盤とする内閣。北清事変後の外交・財政策に直面。増税案は山県系の貴族院勢力の反対に苦しみ、閣内不統一で退陣、桂内閣に代わった。
第4次伊藤内閣
立憲政友会を基盤とする内閣。北清事変後の外交・財政策に直面。増税案は山県系の貴族院勢力の反対に苦しみ、閣内不統一で退陣、桂内閣に代わった。
近代国家の成立
日露戦争と国際関係
日清戦争後の政府と政党
立憲政友会を基礎として1900年10月に成立した第4次伊藤内閣は半年余りで終わったが、これを機に伊藤・山県らは第一線を退き、元老として内閣の背後から政治を動かすようになった。そして、1901(明治34)年の第1次桂内閣成立以後、山県を後ろ盾に藩閥·官僚勢力に基礎をおく桂太郎(1847〜1913)と、伊藤のあとを継いだ立憲政友会総裁西園寺公望が、交代して内閣を組織する、いわゆる桂園時代が始まった。
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