サンスーシ宮殿
18世紀なかばにフリードリヒ2世(プロイセン王)によって建造された。外観は質素で規模も小さいながら、その豪華な室内装飾はドイツ・ロココ様式の代表例とされている。宮殿の周囲にはサンスーシ庭園が広がる。丘の斜面を使った6段のひな壇状になっており、フランス式庭園の特徴をもつ。世界遺産「ポツダムとベルリンの宮殿と庭園」に登録。
サンスーシ宮殿
ドイツ・ロココ様式を代表する宮殿
ドイツ北東部のポツダムとベルリンには、歴代のプロイセン王によって建造された数多くの宮殿と庭園が残されている。なかでも18世紀なかばにフリードリヒ2世(プロイセン王)によって建造されたサンスーシ宮殿は、外観は質素で規模も小さいながら、その豪華な室内装飾はドイツ・ロココ様式の代表例とされている。宮殿の周囲にはサンスーシ庭園が広がる。丘の斜面を使った6段のひな壇状になっており、フランス式庭園の特徴をもつ。
啓蒙専制君主の立案した宮殿
ドイツ北東部に位置するポツダムと隣接するベルリン南西部には、プロイセン王家の宮殿や庭園が多数残る。なかでも有名なのは、18世紀なかばにフリードリヒ2世が夏の離宮として造営したサンスーシ宮殿とその庭園である。サンスーシとはフランス語で「憂いなし」を意味する。
宮殿の設計は、フリードリヒ2世の案をもとに建築家のクノーベルスドルフが担当した。東西100mほどの平屋建てで、宮殿としては小規模で質素だが、内装は豪華でドイツ・ロココ様式の代表例である。フリードリヒ2世はヴォルテールをこの宮殿に招くなど学術を奨励し、啓蒙専制君主の典型だった。面積3k㎡のサンスーシ庭園は、ルスト庭園やノロ庭園などに分かれる。19世紀には、フランス・バロック式庭園からイギリス式庭園につくりなおされた。