サン・ピエトロ大聖堂
サン・ピエトロ大聖堂 Wikipedia

サン・ピエトロ大聖堂


サン・ピエトロ大聖堂

バチカン市国南東端にあるカトリック教会の総本山。最初の聖堂は4世紀、コンスタンティヌス1世によって、キリストの十二使徒の一人、聖ペテロの墓所があったところに建てられた。1626年に現在のサンピエトロ大聖堂が完成。キリスト教の建築物としては世界最大である。世界遺産「バチカン市国」に登録。

サン・ピエトロ大聖堂

イタリアの首都ローマの市街北西部、バチカンの丘の上の南東端に建つカトリック教会の総本山。最初の聖堂は4世紀、コンスタンティヌス1世によって、キリストの十二使徒の一人、聖ペテロの墓所があったところに建てられた。「サンピエトロ大聖堂」という名称は、これに由来するものである。ローマ教皇の宮殿は、ローマ市内のサン・ジョバンニ・イン・ラテラノ大聖堂だったが、アヴィニョン捕囚によってラテラーノ宮殿が荒廃し、1377年にサンピエトロ大聖堂がローマ教皇の座所となった。その後、1626年に現在のサンピエトロ大聖堂が完成。この大聖堂は、床面積2万3000m2で、キリスト教の建築物としては世界最大である。聖堂の北隣に、ローマ教皇が住むバチカン宮殿やバチカン美術館などがある。◇「サンピエトロ大寺院」、「聖ペテロ大聖堂」、「セントピーター寺院」などとも呼ばれるが、正式名称は「ヴァティカーノの丘にある聖ペテロのバシリカ」(Basilica di San Pietro in Vaticano)。

参考 世界の観光地名がわかる事典

概要

イタリア・バロック様式の代表的な建築物。サン・ピエトロとはイタリア語で”聖ペトロ”の意味で、64年にネロ帝の迫害により殉教した使徒ペトロの墓の上に建築されたといわれている。建築を命じたのはコンスタンティヌス1世で、324年のことであった。このとき立てられた聖堂(旧サン・ピエトロ聖堂)は15世紀末まで存在し、新聖堂は1502年に建築が始まった。その後、1514年にラファエロ・サンティが主任建築家に、1546年にミケランジェロが主任建築家となり工事が再開。献堂式が行われたのは、1626年のことであった。さらにサン・ピエトロ広場の工事がジャン・ロレンツォ・ベルニーニの設計により始まり、1667年に完成した。大聖堂の総面積は、約22,000㎡で、6万人以上収容可能といわれている。ミケランジェロの設計したといわれる大円蓋(クーポラ)は高さ132.5m、直径42mと巨大。大円蓋の直下には、ベルニーニの作の高さ29mの大天蓋(バルダッキーノ)がある。サン・ピエトロ広場は284本の、ドーリア式円柱で装飾された回廊により広場を取り囲むように構成されている。回廊の上には、ジャン・ロレンツォ・ベルニーニの弟子らが作成した140体の聖人の像が飾られている。また、広場中央のオベリスクは1世紀頃にエジプトから運ばれて、バチカヌスの丘にあった競技場におかれていたものであるといわれている。

聖堂内には、十字架から降ろされたキリストを抱く聖母の像を表現したミケランジェロの代表作『サン・ピエトロのピエタ』がおかれている。ミケランジェロは、ピエタ像を4体制作しているが、「サン・ピエトロのピエタ」は、25歳の時の最初の作品である。以前見学していた芸術家がすばらしさのあまりに嫉妬をし、破壊しようとピエタに近づくという事件が発生し、これ以後はガラスカバーがかけられてしまっている。

参考 Wikipedia

サン・ピエトロ大聖堂
サン・ピエトロ大聖堂ドーム Wikipedia
バチカン市国 サン・ピエトロのピエタ
サン・ピエトロのピエタ(ミケランジェロ・ブオナローティ作/サン・ピエトロ大聖堂蔵)Wikipedia
バチカン市国
カリグラによってエジプトから運ばれたバチカンのオベリスク Wikipedia

バチカン市国 Archives – 世界の歴史まっぷ

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