エドワード1世(イングランド王)
エドワード1世(イングランド王)©Public Domain

エドワード1世(イングランド王)

ヘンリー3世(イングランド王)

エドワード2世(イングランド王)

エドワード1世(イングランド王) 長脛王 A.D.1239〜A.D.1307

イングランド・プランタジネット朝第5代王(在位1272〜1307)。
最後となる第7回十字軍に参加中に父王ヘンリー3世(イングランド王)が没したため遠征中に即位する。ウェールズ,スコットランド,フランスと戦争。身分制議会「模範議会」を開催。羊毛、酒などの産業の発展に尽力。

エドワード1世(イングランド王)

議会政治の典型となる模範議会を開く

30歳で第7回十字軍に参加するが、父王・ヘンリー3世(イングランド王)が没したため、遠征中に即位した。十字軍の指揮を執ったルイ9世(フランス王)が病没、軍が崩壊したため帰国し、35歳で戴冠式をあげた。
武勇に優れるが、内政にも長けた国王で、行政・司法の改革を成功させ「立法者」の異名を得た。後世に残る業績は、議会政治の基礎となる「模範議会」の開催。聖職者、貴族のほか、各州2名の騎士、各都市2名の市民で構成された身分制議会である。このバランスは絶妙で、2分すればそのまま上院下院につながるものだった。
また、産業の発展を重視し、羊毛や酒の生産を奨励した。
エドワード1世は、ウェールズを征服し、息子がウェールズで誕生した時「プリンス・オブ・ウェールズ」の称号を与えた。これは今でもイギリス皇太子の称号となっている。

トランプのキングのモデルは、エドワード1世とされる。ただし、16世紀にパリでつくられた原型では、スペード:ダビエ王、ハート:カール大帝、ダイヤ:カエサル、クラブ:アレクサンドロス3世だったという。
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スコットランド独立戦争前後のイングランドとスコットランド、フランスの系図

スコットランド独立戦争前後のイングランドとスコットランド、フランスの系図
スコットランド独立戦争前後のイングランドとスコットランド、フランスの系図 ©世界の歴史まっぷ

ヨーロッパ世界の形成と発展

ヨーロッパ世界の形成と発展
ヨーロッパ世界の形成と発展 ©世界の歴史まっぷ

西ヨーロッパ中世世界の変容

イギリスの封建社会と身分制議会

エドワード1世(イングランド王)は、大ブリテン島の統一を目指してまずウェールズを征服、ついでスコットランドの遠征をはかったが、軍費調達の必要から1295年議会を招集した。これには、大貴族や高位聖職者と並んで、各州2名の騎士と各市2名の市民及び下級聖職者の代表も加わっており、模範議会と称された。その後14世紀を通じて、高位聖職者と大貴族、騎士と市民がそれぞれ合同して会議をもつようになり、イギリス議会は上院(貴族院)と下院(庶民院)の二院制議会として成長することになった。

参考

エドワード1世が登場する作品

スコットランド独立戦争を描いた映画 - ブレイブハート エドワード1世
ブレイブハート (C) 1995 B.H. Finance C.V. in the U.S. and Canada only. (C) 1995 Twentieth Century Fox Film Corporation in all other territories. All rights reserved.

スコットランド独立戦争を描いた映画 – ブレイブハート – 世界の歴史まっぷ

DVD

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世界遺産「グウィネズのエドワード1世王の城郭群」

ウェールズ公国を征服したエドワード1世(イングランド王)によって1283年から1290年代にかけ建設を始めた4つの城が世界遺産「グウィネズのエドワード1世王の城郭群」として登録されている。

  • ボーマリス城:アングルシー島ビューマリスにある。1295年から建設されたが未完成のまま現在に至る。メナイ海峡を挟んで、ウェールズ抵抗運動の激しいGarth Celynに面するよう設計された。
  • カーナーヴォン城:グウィネズ州カーナーヴォンにある城。1283年より建設が始められた。イギリス王太子の称号プリンス・オブ・ウェールズにゆかりのある城である。
  • コンウィ城:クルイド州コンウィにある城。1283年から1289年にかけて建設された。
  • ハーレフ城:グウィネズ州ハーレフにある城。1283年から1289年にかけ建てられた。15世紀にはウェールズ大公の末裔を名乗るオーウェン・グレンダワー軍がこの城に立てこもり、7年間イングランド軍に包囲されていた。

参考 Wikipedia

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