ハイドゥの乱 モンゴル帝室の系図
モンゴル宗室の系図
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ハイドゥの乱 (A.D.1260〜A.D.1301)

モンゴル帝国第4代モンケ・ハンが急死し、次弟のフビライ・ハンが末弟のアリクブケを破って大ハン位に即位した(モンゴル帝国帝位継承戦争)。この内紛を契機に第2代オゴタイ・ハンの孫のハイドゥがハンを自称してチャガタイ、キプチャク両王家と結んで中央アジアで挙兵し、約40年におよびフビライ・ハン率いる大元朝と対立し、中央アジア以西のモンゴル諸勢力のモンゴル皇帝権力からの分離独立を決定づけた。このハイドゥの一連の行動は一般に「ハイドゥの乱」と呼ばれる。反乱はハイドゥの戦傷死まで断続的に続いた。

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