バトゥの西征
「ワールシュタットの戦い」左がモンゴル軍、右がポーランド・チュートン騎士団連合軍(14世紀に書かれた聖人伝『シレジアの聖ヘドウィッヒen:Hedwig of Andechsの伝説』より)©Public Domain
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バトゥの西征 (A.D.1236〜A.D.1242) バトゥの率いるモンゴル軍の遠征軍は、1236年に遠征を開始、ウラル山脈を越えて、まずヴォルガ川中流のトルコ系のヴォルガ・ブルガール王国を征服した。その周辺のキプチャク平原で遊牧活動をしていたトルコ系のキプチャク人を吸収し、15万の大軍を編成し、1237年ロシア中心部に侵入、リャザン、モスクワ、ウラジーミルを次々と陥落させ、1240年キエフを征服しキエフ公国を滅ぼした。さらに遠征軍を二隊に分け、バトゥの本隊はハンガリーに侵攻、1241年ハンガリー王国のベーラ4世の軍を撃破し首都ブダペストを破壊した。北に向かった一隊はポーランドに侵攻し、同年、ワールシュタットの戦いでポーランド・ドイツ連合軍を破った。

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