マカートニー
マカートニー(レミュエル・フランシス・アボット画/ナショナル・ポートレート・ギャラリー蔵/WIKIMEDIA COMMONS)©Public Domain

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マカートニー Macartney( A.D.1737〜A.D.1806)

イギリスの政治家・外交官。1793年、貿易関係改善を求めて熱河ねっかの離宮で乾隆帝に謁見した。しかし清朝側は独自の世界観をくずさず、交渉は失敗した。

マカートニー

イギリスの政治家・外交官。1793年、貿易関係改善を求めて熱河ねっかの離宮で乾隆帝に謁見した。しかし清朝側は独自の世界観をくずさず、交渉は失敗した。

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アジア諸地域の動揺

東アジアの激動

アヘン戦争(中国の近代の起点)
アヘン戦争
熱河離宮にて乾隆帝とイギリス使節・マカートニー(ジェームズ・ギルレイ画/ナショナル・ポートレート・ギャラリー蔵/WIKIMEDIA COMMONS)©Public Domain

三跪九叩頭礼 三跪九叩頭の礼とは、臣下が皇帝に対面するときの儀礼で、3度ひざまずき、そのたびに3回ずつ頭を床につけて拝礼するものである。マカートニーは乾隆帝との会見に際し、この三跪九叩頭礼を求められて拒否したが、乾隆帝はイギリス人は礼儀を知らぬ野蛮人であるからとして、特別に三跪九叩頭礼を免除して謁見を許した。アマーストは、嘉慶帝への三跪九叩頭礼を求められて拒否したが、今度はそのために会見を許されず、むなしく帰国するほかなかった。

18世紀になると、イギリスはポルトガル・オランダなどを圧倒して中国貿易を独占していたが、清朝側は1757年の乾隆帝の決定により、海外貿易を広州1港に限定したうえ、中国との取り引きは公行こうこう(コホン)と呼ばれる清朝指定の少数の特許商人(およそ10行ほど)との間でのみ許可するという、厳しい制限貿易をおこなっていた。

このため、これを不満とするイギリスは、1793年にマカートニー Macartney (1737〜1806)を、1816年にはアマースト Amherst (初代アマースト伯爵 1773〜1857)を派遣して広州以外の港の開放など、自由貿易を要求した。しかし海外貿易をあくまで従属国からの朝貢という観念でとらえる清朝は、これをまったくうけつけなかった。こうした清朝の中華思想的立場は、イギリス使節との会見に際して生じた三跪九叩頭礼さんききゅうこうとうれい問題にもよく表れている。

参考

マカートニーの「中国訪問使節日記」

1793年9月14日
乾隆帝は16人のかごかきによって担がれた無蓋の轎に乗り、旗や傘をたてた大勢の士官がつき従っていた。彼が通り過ぎるときに、われわれは片膝でひざまずいて敬意を表した。その間、すべての中国人はいつもするように平伏した。皇帝が玉座に登るとすぐ、私はテントの入り口まで行き、ダイヤモンドを散りばめた大きな黄金の箱に国王の書簡を収めたものを両手でもち、ゆっくりとした足どりで進み出て玉座の傍の階を上り、皇帝自身の手に箱を手渡した。…皇帝は私にいろいろのことを訪ねたが、とりわけ我が国の国王ジョージ3世(イギリス王)の年齢を聞くと、自分は83歳であるが、国王も自分のように長生きされることを希望すると述べた。彼の物腰は威厳に満ちてはいるが、愛想よく物柔らかである。われわれに対する対応の仕方は非常に丁重で申し分がなかった。…儀式をつらぬく特徴は、アジア的な高貴さに特有な物静かな威厳と目立たないような華やかさにあった。このようなものはヨーロッパ人の洗練さの程度をもってしては、まだ到達していないところである。

1794年1月
中華帝国は有能で油断のない運転士が続いたおかげで過去150年間どうやら無事に浮かんできて、大きな図体と外観だけにものをいわせ、近隣諸国をなんとか畏怖いふさせてきた古くてボロボロに傷んだ戦闘艦に等しい。…艦はすぐには沈没しないで、しばらくは難破船として漂流するかもしれない。しかしやがて岸にぶつけて粉微塵に砕けるであろう。…中国の権力が瓦解した場合には、アジア貿易が根底から破壊されるばかりでなく、世界の他の諸地方との貿易にも著しい変化が起こるだろう。…しかし、大英国はその富力と国民の天賦の才と胆力にものをいわせて、政治的にも、海軍力からいっても、商業国民としても、地球上における第一の強国になっているから、この急激な変動によって一番得をして、全ての競争相手の上に立つことになろう。…確かに中国人というものはかわっている。しかし彼らもわれわれ自身とおなじ材料でつくられ、おなじ感情に支配される人間である。…彼らは理由もなしにわれわれを警戒しているのであろうか。地球上のどの国へいっても、イギリス人は自分の方が優秀だという意識があるので、ともすればうぬぼれと、他人に対する侮蔑感をあえて隠そうとしない。世界でもっとも虚栄心が強い国民の一つであり、また少なからず俊敏である中国人が、われわれのこの欠点に気づかず無神経でいるはずがない。中国人がこの欠点をみて平然としていられず、嫌悪を感じるということは当然ではなかろうか。

参考 中国訪問使節日記 (東洋文庫)

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