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マニ教 Manhichaeism
3世紀前半にマニが創始した宗教。古代の神秘思想であるグノーシス主義の影響をうけ、ゾロアスター教キリスト教・仏教の要素を融合して成立した。善悪二元論、禁欲主義、偶像否定を特徴とする。マニ教はササン朝では弾圧されたが、西方では北アフリカ・南フランスに、東方では中央アジア・中国に伝えられ、特にウイグルでは国教とされた。

マニ教

  • マニ:バビロニアにうまれたマニ教の創始者(216頃〜276頃)。シャープール1世に重用されたが、王の死後、処刑された。ササン朝の国境はゾロアスター教であったため、マニ教は弾圧された。
  • マニ教:3世紀前半にマニが創始した宗教。古代の神秘思想であるグノーシス主義の影響をうけ、ゾロアスター教・キリスト教・仏教の要素を融合して成立した。善悪二元論、禁欲主義、偶像否定を特徴とする。マニ教はササン朝では弾圧されたが、西方では北アフリカ・南フランスに、東方では中央アジア・中国に伝えられ、特にウイグルでは国教とされた。
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オリエントと地中海世界

古代オリエント世界

パルティアとササン朝の文化
ササン朝の文化

ササン朝になると、民族宗教のゾロアスター教が国教とされ、経典『アヴェスター』が編纂されるなどして、アケメネス朝以来のイランの文化的伝統が復活した。しかし一般に王たちが民間の宗教には寛容であったため、国内には仏教徒やキリスト教徒、それにユダヤ教徒もかなりいた。
3世紀にはゾロアスター教・キリスト教・仏教などを組み合わせた独自の救済宗教(マニ教)がマニによって創始された。この宗教はやがて国内では異端として弾圧されたので、地中海世界や中央アジア(とくにウイグル人によって信仰された)、さらには中国(唐)へも伝わった。

北アフリカでは青年期のアウグスティヌス(のちの教父)が思想的影響をうけた。また南フランスのキリスト教の異端アルビジョワ派にも、マニ教の影響が認められるという。
ササン朝

マズダク教とは、マズダク(5,6世紀頃)を開祖とする新興宗教で、ゾロアスター教の異端のひとつとも、マニ教の流れをくんでいるともいわれる。極端な禁欲と平等を主張した。

ローマ世界

ローマ文化

3世紀にはペルシアのマニによってマニ教が始められ、ローマ帝国東方でも流行した。これは世界を光と闇の二元論としてとらえ、禁欲によって救いがえられるとするもので帝国やキリスト教から弾圧されたが一部の地域で存続した。

ヨーロッパ世界の形成と発展

西ヨーロッパ中世世界の変容

教会勢力の衰微
アルビジョワ派

マニ教の影響下に東方でおこったカタリ派は、純潔の保持と断食などの戒律厳守を説いてバルカン半島に定着し、やがて12〜13世紀の西ヨーロッパ各地に広まった。特に南フランスのトゥールーズ・アルビ両地方では、地方貴族の支持をえてさかんとなり、アルビジョワ派とも称された。

東アジア世界の形成と発展

東アジア文化圏の形成

唐代の文化
外来宗教

唐(王朝)文化の国際性を示すものに、「唐代三夷教とうだいさんいきょう」と呼ばれる祆教けんきょう景教けいきょう・マニ教とイスラーム教の流入がある。祆教・景教・マニ教はいずれも西アジアのササン朝で信奉されていた。しかしササン朝の滅亡によって、新しい拠点を東方に求めねばならなかった。またイスラーム教は、ムスリム商人とともに伝わったものである。

ササン朝において、マニ(216〜276)がゾロアスター教をもとに、キリスト教・仏教などの諸要素を融合させて創始した宗教である。則天武后のころに伝来し、漢訳経典もつくられ、マニ教を信奉するウイグルとの友好関係を維持する目的もあって、唐では保護政策をとった。

内陸アジア世界の変遷

トルコ化とイスラーム化の進展

突厥・ウイグルとソグド人

ソグド人の多くはイラン伝統のゾロアスター教祆教けんきょう)を信仰していた。

薩宝さっぽう:ソグド語のサルトポウ(隊商団の長)に由来する。のち唐代になると薩宝の職掌は祆教の統括に縮小されるが、ソグド人のコミュニティーとしてのまとまりはなお維持されていた。

これに対し、ウイグルではイラン起源のマニ教が信仰されたが、これもソグド人らオアシス民の活動によってもたらされたものと考えられる。

遊牧民とオアシス民の活動

内陸アジアの新動向

ウイグルでは、ウイグル文字が使用され、マニ教が厚く信仰された。

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