ウシュマル メソアメリカ
ウシュマル遺跡の「尼僧院」の一部。フレデリック・キャザウッドの石版画 ©Public Domain

メソアメリカ

メソアメリカ
現在のメキシコ中央・南東部・グアテマラなど中央アメリカの一部に成立した高度な文明をメソアメリカ文明と呼ぶ。
オルメカ文明テオティワカン文明、マヤ文明、トルテカ文明、サポテカ文明、ミシュテカ文明、タラスカ王国、アステカ帝国などが興亡した。

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アジア・アメリカの古代文明
アジア・アメリカの古代文明 ©世界の歴史まっぷ

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アジア・アメリカの古代文明

南北アメリカ文明

メソアメリカ文明

現在のメキシコ中央・南東部・グアテマラなど中央アメリカの一部に成立した高度な文明をメソアメリカ文明と呼ぶ。
メキシコ湾岸を中心とする地域には、紀元前2000年記にオルメカ文化という宗教色の強い文化が成立していた。
紀元前500年ころ、オルメカ文化は衰退したが、メキシコ一帯にはその遺産を引き継いだ文化が広がり、紀元前後ころにはメキシコ中央高原の北東にテオティワカンが建設されはじめた。
ここには今も遺跡として残る太陽と月の2つのピラミッドをはじめ、多数の建造物がつくられ、5世紀ころには人口数万から数十万の大都市へと成長した。しかし、8世紀の半ば、この大都市は突如衰退し、廃墟と化してしまう。衰退の原因はくわしくは不明である。

またユカタン半島にはマヤ文明が栄えた。
4世紀から10世紀には、ティカル、コパン、パレンケなどに祭祀センターがつくられ、石造の階段ピラミッドや神殿が建造された。10世紀後半これらの祭祀センターは急速に衰退し、10世紀の終わりから12世紀にかけてユカタン半島北部のチチェン・イッツァ、マヤパン、イシュマルの都市同盟による新帝国が栄えた。
マヤ文明は金属器は知らなかったが、象形文字を使用し、独自の天文暦数を記し、ゼロの概念もとりいれた二十進法による計算をおこなっていた。

メキシコ中央高原のアステカ王国は16世紀、繁栄の絶頂期にあった。アステカ人は14世紀メキシコに移住してきて、トルテカの文明を継承し、テスココ湖の浮洲の上に首都テノチティトラン(現メキシコ・シティ)を建設、すぐれた軍事組織をつうじて、メキシコの広い領域を支配していた。テノチティトランは人口20万から30万、巨大な宮殿、大ピラミッド、神殿をもつ壮麗な都市であった。
しかし、この都市も、スペイン人のコルテスに占領され、1521年アステカ王国は滅亡、メキシコ中央高原に栄えた文明も滅びた。

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