司馬懿
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司馬懿しばい( A.D.179〜A.D.251)

中国、西晋の基盤を築いた武将。曹操に仕え、王朝において勢力を強めた。明帝(曹叡)のとき、諸葛亮の進攻に対抗するため出陣。また遼東の公孫淵の反乱を鎮定し、楽浪、遼東などの4郡を魏の版図とした。魏王朝の一基盤をなす屯田の経営にも力を注いだ。斉王の即位後、重臣である曹爽と対立を深め、249年クーデターをおこし、曹爽勢力を一掃。九品官人法の内容を一変し、司馬氏が朝士の代表者的性格を得るのに成功、受禅への道を固めた。

司馬懿

中国、西晋の基盤を築いた武将。河内郡温県(河南省)出身。字は仲達。諡は宣帝。廟号は高祖。曹操に仕えて以後、魏において次第にその勢力を強めた。明帝のとき、蜀の諸葛亮の進攻に対抗するため出陣。また遼東の公孫淵の反乱を鎮定し、楽浪、遼東などの4郡を魏の版図とした。魏王朝の一基盤をなす屯田の経営にも力を注いだ。斉王の即位後、重臣である曹爽と対立を深めたが、嘉平1(249)年クーデターを起し、曹爽勢力を一掃した。また、この頃九品官人法の内容を一変し、それによって司馬氏が朝士の代表者的性格を得るのに成功し、受禅への道を固めた。

参考 ブリタニカ国際大百科事典 小項目版 2017

曹操の参謀にして諸葛亮の宿敵

三国・魏の将軍。字は仲達ちゅうたつ河内かだいの豪族出身。曹操の知恵袋といわれた荀彧の推薦で出仕し、曹操の参謀にくわわり、嫡子である曹丕の世話役を務めた。重大な問題が起こるたびに優れた方策を打つ出したことから、しだいに曹操の信頼を得て、その遺嘱により明帝(曹叡 曹丕の子)を補佐すべき重臣に指名された。かくて軍権を全面的に委ねられた司馬懿は、諸葛亮の北伐を持久戦にもちこむことで退けた後、遼東太守の公孫淵こうそんえんを滅ぼした。その後、一時雌伏しふくを余儀なくされるが、249年、クーデタによって政敵で帝室の曹爽そうそう一派を誅滅ちゅうめつし、朝廷の実権を握った。

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