荀彧
荀彧 清代《三國演義》(《官板大字全像批評三國志一百二十回》雍正十二年序致遠堂啟盛堂刊本)中的荀彧繡像。原書頁上題贊詩:“潁上荀文若,人稱王佐才。聲名齊五嶽,功業震三台。” ©Public Domain

荀彧

/

Previous Post

Next Post

荀彧 (A.D.163〜A.D.212) 荀彧じゅんいくは、はじめ袁紹に迎えられていたが、早々に見限り、曹操の股肱ここうとなる。「わしの子房(張良のあざな)」といわれるほど信頼され、曹操の遠征時には本拠地の留守を任されるまでとなった。才はすぐれ、進言は常に適切、推薦した人材も有能な者ばかりだった。しかし、献帝(漢)への忠節を捨てなかったことから、曹操の魏公就任に反対。しまいには曹操に疎まれるようになり、自殺をはかったという。

Previous Post

Next Post