イスマーイール1世 Ismail I(
A.D.1487〜A.D.1524)
シーア派。サファヴィー朝の創設者(在位1501〜1524)。神秘主義教団サファヴィー教の教主であったが、トルコ系遊牧民キジルバシュを配下に入れ、1501年白羊朝の都タブリーズに入城し、ティムール朝を倒したウズベク族のシャイバーン朝を破り、イラン全域の支配権を握った。
イスマーイール1世
サファヴィー朝の創設者(在位1501〜1524)。神秘主義教団の教主であったが、王朝創設の過程でトルコ系遊牧民キジルバシュを配下に入れ、遊牧国家の指導者の性格を強めた。
神秘主義教団をもとに新王朝を開く
サファヴィー朝の創始者。サファヴィー教団という神秘主義教団の教主で、白羊朝に追われる身だったが、東部アナトリアでキジルバシュというトルコ系遊牧民を味方につけ、1501年には白羊朝の都タブリーズへの入城を果たし、新たな王朝をうちたてる。
9章 アジア諸地域の繁栄
トルコ世界とイラン世界
サファヴィー朝国家
イラン北西部カスピ海地域に拠点をおく神秘主義教団サファヴィー教団の教主イスマーイールは、1500年トルコマン遊牧民(トルクメン人)の信者に檄をとばし、アナトリア東部のエルジンジャンに7000人を集めて挙兵した。翌1501年には、アク・コユンル(白羊朝)の都タブリーズに入城し、ティムール朝を倒したウズベク族のシャイバーン朝を破り、イラン全域の支配権を握った(1501〜1736)。
勝利の原動力となった軍隊の主軸は、キジルバシュと呼ばれるトルコマン遊牧民であり、これを部族単位に編制した。イスマーイール1世(位1501〜1524)は、古代イラン以来王を意味するシャーの称号を用い、キジルバシュの有力者を地方長官に任じた。行政官僚にはアク・コユンル朝以来のイラン人貴族を任じた。キジルバシュは、シーア派信仰に鼓舞され、イスマーイール1世はタブリーズ入城後、シーア派のイマームの名で礼拝時のフトバ(説教)を詠むことを命じ、スンナ派に対する攻撃・破壊をおこなった。このことは、スンナ派を奉じるオスマン帝国の憤激をかうこととなり、1514年両軍は東部アナトリアのチャルドランに交戦、火器を用いるオスマン帝国軍にサファヴィー朝騎兵軍は大敗を喫した(チャルドランの戦い)。