ジェントリ テューダー朝 バラ戦争とイギリスの集権化
テューダー家紋章。ランカスター家の赤バラとヨーク家のバラを合わせた形になっている。Wikipedia

バラ戦争とイギリスの集権化

イギリスでは百年戦争終結後まもなく、王位継承をめぐって国内貴族を2分するランカスター家派とヨーク家派の内乱、「バラ戦争」が散発的ながらも30年にわたりくりひろげられ、ランカスター家とヨーク家の和解によるテューダー朝が成立した。イギリスはテューダー朝の成立とともに中世史に終わりを告げ、絶対王政の時代に移行していった。

バラ戦争とイギリスの集権化

西ヨーロッパ中世世界の変容
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イギリスでは百年戦争終結後まもなく、王位継承をめぐって国内貴族を2分する内乱、バラ戦争(1455〜1485)がおこった。
1455年、エドワード3世(イングランド王)の曾孫ヨーク公リチャード(のちのリチャード3世(イングランド王))は、ランカスター家に対してヨーク家の王位継承権を主張して決起した。百年戦争のために大量の家臣団を抱えて不満を持つ有力貴族は、それぞれランカスター家ないしヨーク家について、散発的ながらも30年にわたり戦いをくりひろげた。戦況はヨーク家の優勢に展開し、リチャードの戦死後その子エドワード4世(イングランド王)によりヨーク朝が開かれた(1461)。
百年戦争とバラ戦争に関する系図
百年戦争とバラ戦争に関する系図 ©世界の歴史まっぷ

その後ランカスター派は一時勢力を盛り返し、ヘンリー6世(イングランド王)を復位させた(1470〜1471)が、まもなく態勢を立て直したヨーク派の前に敗れ去った。しかしエドワード4世(イングランド王)の死(1483)後内乱が再発、ランカスター家の血をひくヘンリー・テューダー(リッチモンド伯)は、衆望を担ってヨーク朝の新王リチャード3世(イングランド王)と戦い、ボズワースで彼を敗死させた(1485)。まもなく伯はヘンリー7世(イングランド王)を称し、テューダー朝(1485〜1603)を開いた。そして、翌年ヨーク家の王女エリザベスと結婚し、両派の和解を成立させた。

テューダー朝は、両派の和解の象徴として赤と白のバラを紋章に採用したといわれる。バラ戦争という呼称は後世につけられたものだが、それはここに由来すると考えられる。

ヘンリー7世(イングランド王)は、封建貴族の勢力を打破するために家臣団を解散、貨幣と度量衡を統一して商品流通の円滑化をはかったほか、国王直属の特別裁判所として星室庁を設置するなど、集権化を推し進めた。こうして、イギリスはテューダー朝の成立とともに中世史に終わりを告げ、絶対王政の時代に移行していった。

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