マルクス・リキニウス・クラッスス
クラッススの頭像 (ニイ・カールスベルグ・グリプトテク美術館) ©Public domain

マルクス・リキニウス・クラッスス


マルクス・リキニウス・クラッスス

紀元前115年頃-紀元前53年。共和政ローマ時代の政治家、軍人。第三次奴隷戦争スパルタクスを討ち取り、グナエウス・ポンペイウス及びガイウス・ユリウス・カエサルと共に第一回三頭政治を行う。

マルクス・リキニウス・クラッスス

概要

スパルタクスの反乱を大量の武器によって鎮圧

クラッススは、騎士階級出身で、共和政ローマ末期の政治家・将軍である。
クラッススは、ガイウス・マリウスルキウス・コルネリウス・スッラとの内乱ではスッラについて勝利した。そしてスッラが市民の財産没収を断行すると、クラッススはそれに伴って巨利を得、ディウェス(富裕者)となった。
当時ローマ市民の求めたものは「パンと見世物」。食料を欲し、グラデュエーターの試合にきょうじたのである。そんなグラデュエーター・スパルタクスが10万人を超える奴隷を引き連れて反乱を起こした。
闘いのプロであるスパルタクス軍は、各地でローマ軍を討ち破った。討伐軍指揮官に指名された大富豪クラッススは、大量の武器と軍を用意してこれに対抗。スタルタクスは討死、乱は鎮圧された。
こうして騎士階級から圧倒的支持を得たクラッススは、平民から支持を得るカエサル、軍に指示されるポンペイウスとともに、第1回三頭政治を開始した。
しかしその後、東方のパルティア王国(現:イラン)への遠征に向かったクラッススは、パルティア軽騎士の弓矢による攻撃に苦戦し、息子とともに戦死した。

参考文献
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逸話

  • クラッススはカエサルの最大の資金的な支援者(パトロン)として知られた。最高神祇官の選挙に立候補したカエサルの選挙資金を融資したほか、ヒスパニア属州へ総督として赴任の決定したカエサルが「高飛び」する懸念を持った債権者によって出発を阻止され、泣きついてきたカエサルに対して債務の保証をしたことが伝わっている。
  • 当時の政治家・元老院議員を悩ませたシキニウスという煽動家はクラッススへの攻撃は控えていたが、「なぜ、クラッススは見逃すのか」という問いに対して、「角で突き掛かる牛に注意を促す為にその角に秣(まぐさ)を付ける」というローマの風習をもじって「クラッススは角に秣をつけている」と答えた。
  • アメリカの雑誌『フォーブス』が2007年に選んだ「歴史上の富豪」において、総資産1,698億アメリカドルで歴代第8位の順位が付けられた。

クラッスス年表

マルクス・リキニウス・クラッスス
紀元前60年頃のパルティア ©Fabienkhan
  • 紀元前115年頃 – ローマで生まれる
  • 紀元前97年 – 父プブリウスが執政官(コンスル)に就任
  • 紀元前87年 – ガイウス・マリウスによるローマ侵攻。父プブリウスらは殺害され、クラッススはヒスパニアへと逃亡
  • 紀元前84年 – ローマへ侵攻するルキウス・コルネリウス・スッラ軍へ参加
  • 紀元前82年 – ポルタ・コッリナの戦いでスッラ軍の一翼を任され、勝利に貢献
  • 紀元前78年 – スッラ死去
  • 紀元前73年 – プラエトル(法務官)に就任
  • 紀元前71年 – ルカニアでスパルタクスを討ち取る
  • 紀元前70年 – コンスルに就任(同僚はグナエウス・ポンペイウス)
  • 紀元前65年 – ケンソル(監察官)に就任
  • 紀元前63年 – ルキウス・セルギウス・カティリナによる国家転覆騒動が持ち上がる
  • 紀元前59年 – 第一回三頭政治、ガイウス・ユリウス・カエサルがコンスルに就任
  • 紀元前56年 – ルッカ会談
  • 紀元前55年 – コンスルに就任(同僚はポンペイウス)
  • 紀元前54年 – パルティア侵攻を開始
  • 紀元前53年 – カルラエの戦いで敗死

マルクス・リキニウス・クラッススが登場する作品

スパルタカス

スパルタカス ティベリウス・グラックス
スパルタカス (映画) Source: NBCユニバーサル・エンターテイメントジャパン

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