フェニキア人 (Phoenicia)
海上交易で活躍したセム語系民族。ミケーネの衰退を機に躍進し、地中海沿岸各地に都市国家を建設した。レバノン杉やガラス工芸、紫の染料などの交易で繁栄した。
フェニキア人
海上交易で活躍したセム語系民族。ミケーネの衰退を機に躍進し、地中海沿岸各地に都市国家を建設した。レバノン杉やガラス工芸、紫の染料などの交易で繁栄した。
オリエントと地中海世界
古代オリエント世界
アラム人とフェニキア人
地中海東岸地方は、海と砂漠に挟まれた狭くて複雑な地形に災いされて、統一国家の形成はむずかしく、政治的・軍事的には弱体であった。それに加えて、諸大国の間に位置したため、しばしば侵略をうけて従属を強いられた。しかし四方からの交通路が交わる地の利を活かして、人々は陸・海の貿易に活路を見出し、文化面でも後世に大きな遺産を残した。この地方にもすでに紀元前3千年紀より、セム語系諸族が居住していたようである。紀元前2千年紀の前半には、そのなかのカナーン人と呼ばれる人々が活躍した。エジプトの象形文字をもとにアルファベットの原形を考案したのは、彼らであったろうと言われている。紀元前1200年前後の「海の民」の襲来は、この地方にも甚大な影響を及ぼした。陸上でヒッタイトとエジプトの勢力が後退したばかりでなく、海上でもクレタ文明、ミケーネ文明勢力が崩壊したからである。これによって、この地方でセム語系の3民族(アラム人、フェニキア人、ヘブライ人)が、それぞれ独自の活動を展開する余地が生まれた。
地中海沿岸にビブロス・シドン・ティルスなどの都市国家をきずいていたフェニキア人は、クレタ・ミケーネ勢力が後退したあとを受け、紀元前12世紀より地中海貿易をほぼ独占し、また地中海沿岸にカルタゴをはじめとする多くの植民市を建設した。
全盛期には彼らの活動範囲は地中海を越えて、大西洋やインド洋にまでおよんでいた。政治的には、紀元前7世紀にアッシリアの攻撃に屈したあと、新バビロニア・アケメネス朝と次々に異民族の支配を受けたが、海上における活動は引き続き活発で、ペルシア戦争時にはフェニキア海軍が活躍した。紀元前4世紀後半にティルスがアレクサンドロス3世によって破壊され、東地中海の支配権はギリシア人に奪われたが、西地中海においてはカルタゴの勢力がなお健在であった。フェニキア人の文化史上の功績は、カナーン人の創始したアルファベットの書体が、まだ造形性の強いものであったのを線状文字に改良し、これをギリシア人に伝えて、今日まで伝わる西方系諸文字の源流となった点にある。
歴史
- 紀元前15世紀頃
- フェニキア人は、エジプトやバビロニアなどの古代国家の狭間にあたる地域に居住していたことから、次第にその影響を受けて文明化し、紀元前15世紀頃から都市国家を形成し始めた。
- 紀元前12世紀頃
- 紀元前12世紀頃から盛んな海上交易を行って北アフリカからイベリア半島まで進出、地中海全域を舞台に活躍。また、その交易活動にともなってアルファベットなどの古代オリエントで生まれた優れた文明を地中海世界全域に伝えた。
- 紀元前15世紀頃から紀元前8世紀頃
- フェニキア人の建設した主な主要都市には、ティルス(現在のスール)、シドン、ビュブロス、アラドゥスなどがあり、海上交易に活躍し、紀元前15世紀頃から紀元前8世紀頃に繁栄を極めた。さらに、カルタゴなどの海外植民市を建設して地中海沿岸の広い地域に広がった。船材にレバノン杉を主に使用した。
- 紀元前9世紀から紀元前8世紀
- しかし紀元前9世紀から紀元前8世紀に、内陸で勃興してきたアッシリアの攻撃を受けて服属を余儀なくされ、フェニキア地方(現在のレバノン)の諸都市は政治的な独立を失っていった。アッシリアの滅亡後は新バビロニア、次いでアケメネス朝(ペルシア帝国)に服属するが、海上交易では繁栄を続けた。しかし、アケメネス朝を滅ぼしたアレクサンドロス大王によってティルスが征服されると、マケドニア系の勢力に取り込まれてヘレニズム世界の一部となった。
- 紀元前9世紀
- 一方、紀元前9世紀に北アフリカに建設された植民都市カルタゴは、フェニキア本土の衰退をよそに繁栄を続けていたが、3度にわたるポエニ戦争の結果、共和政ローマに併合されて滅んだ。
- アラム人: 内陸交易で繁栄 アジア各地にアラム文字の影響を与える
- フェニキア人: 海上交易で繁栄 ローマ字にフェニキア文字の影響を与える
- ヘブライ人: 一神教である「ユダヤ教」の成立。旧約聖書を経典とする
- ペリシテ人: 「海の民」の一派。パレスチナという地名は彼らの名に由来する。ヘブライ人は彼らから製鉄技術を学んだ。(詳説世界史研究)