ランカスター朝 ホロウ・クラウン/嘆きの王冠 – ヘンリー六世
ランカスター家の赤薔薇 @Wikipedia

ランカスター朝


プランタジネット朝

ヨーク朝

テューダー朝

ランカスター朝 (1399年〜1461年・1470年〜1471年)
ランカスター家(紀章:赤バラ)のヘンリー4世(イングランド王)が反乱を起こして即位して成立した王朝。百年戦争終結後まもなく、ヘンリー6世(イングランド王)の時代にヨーク家(紀章:白バラ)と王位継承権をめぐってバラ戦争が勃発、1361年にランカスター家は破れ、ヨーク家のエドワード4世(イングランド王)が即位しヨーク朝が成立した。ヨーク家の内紛によりヘンリー6世は1470年に一時復位したが、翌年ヘンリー6世は殺害された。、ランカスター家の血をひくヘンリー7世(イングランド王)が即位しチューダー朝が成立した。

ランカスター朝

ヨーロッパ世界の形成と発展

世界史対照略年表(1300〜1800)
/>世界史対照略年表(1300〜1800) ©世界の歴史まっぷ

西ヨーロッパ中世世界の変容

後期百年戦争とフランスの集権化

その後、フランスではシャルル6世(フランス王)(位1380〜1422)が狂気の発作を起こすようになり、国内はオルレアン公・アルマニャック伯側とブルゴーニュ公側に別れて内乱状態に陥った。またイギリスでは、エドワード3世(イングランド王)に次いで即位したリチャード2世(イングランド王)ワット・タイラーの乱鎮圧後次第に専制化して諸侯や議会の反発を招き、ついにランカスター公のヘンリー(ヘンリー4世(イングランド王))により王位を追われ、ランカスター朝の成立を見ることになった。

1415年、ヘンリー5世(イングランド王)はフランスの内乱に乗じてノルマンディーに侵入し、ブルゴーニュ派と結びアザンクールでフランス王軍に大勝(1415 アジャンクールの戦い)、トロワ条約(1420)により自らのフランス王位継承権を認めさせることに成功した。
その結果、1422年ヘンリー5世(イングランド王)とシャルル6世(フランス王)が相次いで没すると、ヘンリーの子ヘンリー6世(イングランド王)は、英仏両国の国王として即位した。
だがその支配地域は北部に限られ、東部はブルゴーニュ公、ロワール川南部はトロワ条約により王位継承権を否認されたヴァロワ家のシャルル7世がそれぞれ支配し、フランスは3分されることになった。
1429年、イギリス軍は南下をはかり、ロワール川中流の要衝オルレアンを攻囲(オルレアン攻囲戦)、持久戦の様相を示していた。ここに登場した少女ジャンヌ・ダルクは、わずかの兵を率いてオルレアンの囲みを解き、いっきに北上してランスを陥れ、シャルル7世(フランス王)の戴冠式を実現させた。

ジャンヌはまもなく敵側に捕らえられ処刑されたが、シャルル7世はブルゴーニュ公とアラスの和約を結びイギリス軍を孤立させていった。
そして1437年には首都パリを、続いてノルマンディー・ギエンヌを回復し、1453年にはついにカレーを除く全国土からイギリス勢力を駆逐して、百年戦争は終結した。

バラ戦争とイギリスの集権化
イギリスでは百年戦争終結後まもなく、王位継承をめぐって国内貴族を2分する内乱、バラ戦争(1455〜1485)がおこった。
1455年、エドワード3世(イングランド王)の曾孫ヨーク公リチャード(のちのリチャード3世(イングランド王))は、ランカスター家に対してヨーク家の王位継承権を主張して決起した。百年戦争のために大量の家臣団を抱えて不満を持つ有力貴族は、それぞれランカスター家ないしヨーク家について、散発的ながらも30年にわたり戦いをくりひろげた。戦況はヨーク家の優勢に展開し、リチャードの戦死後その子エドワード4世(イングランド王)によりヨーク朝が開かれた(1461)。
百年戦争とバラ戦争に関する系図
百年戦争とバラ戦争に関する系図 ©世界の歴史まっぷ

その後ランカスター派は一時勢力を盛り返し、ヘンリー6世(イングランド王)を復位させた(1470〜1471)が、まもなく態勢を立て直したヨーク派の前に敗れ去った。しかしエドワード4世(イングランド王)の死(1483)後内乱が再発、ランカスター家の血をひくヘンリー・チューダー(リッチモンド伯)は、衆望を担ってヨーク朝の新王リチャード3世(イングランド王)と戦い、ボズワースで彼を敗死させた(1485)。まもなく伯はヘンリー7世(イングランド王)を称し、チューダー朝(1485〜1603)を開いた。そして、翌年ヨーク家の王女エリザベスと結婚し、両派の和解を成立させた。

チューダー朝は、両派の和解の象徴として赤と白のバラを紋章に採用したといわれる。バラ戦争という呼称は後世につけられたものだが、それはここに由来すると考えられる。

ヘンリー7世(イングランド王)は、封建貴族の勢力を打破するために家臣団を解散、貨幣と度量衡を統一して商品流通の円滑化をはかったほか、国王直属の特別裁判所として星室庁を設置するなど、集権化を推し進めた。こうして、イギリスはチューダー朝の成立とともに中世史に終わりを告げ、絶対王政の時代に移行していった。

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家系図

ホロウ・クラウン嘆きの王冠-リチャード三世
ホロウ・クラウン嘆きの王冠系図 ©世界の歴史まっぷ

歴代国王

  • ヘンリー4世(イングランド王) (在位:1399年〜1413年)
  • ヘンリー5世(イングランド王) (在位:1413年〜1422年)
  • ヘンリー6世(イングランド王) (在位:1422年〜1461年、1470年〜1471年)

参考: Wikipedia

ランカスター朝が登場する作品

ホロウ・クラウン 嘆きの王冠

ランカスター朝 ホロウ・クラウン/嘆きの王冠 - ヘンリー六世
ホロウ・クラウン/嘆きの王冠 – ヘンリー六世 © 2015 Carnival Film & Television Limited. All Rights Reserved.
DVD

DVDは現在英語版のみですが、Huluで日本語対応版を観ることができます。

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